夜→昼→鴆:年上の彼のセリフ / By 確かに恋だった

『――悪ぃな、ガキには興味ねぇんだ』

 そうこっぴどく振られたリクオ……もとい昼のリクオは一人、夢現の世界で黙々とふくれっ面を続行していた。相手はそう、鴆だ、あの莫迦鳥だ。告白する者がどれほどの勇気を振り絞って相手に想いの裡を伝えたのかを欠片も考えないどころか容赦ないその答えは少なくともリクオを落ち込ませるには十分の代物であった。
 思い出しただけでも腹が立つ。悔しさ紛れに、あの莫迦鳥め、と思わず声に出して呟けば、ふぅん、と興味があるような無いような分かりづらい相槌が空から返ってきたので、じろりと見上げればしだれ桜の木の上で、おぉ、怖い怖いと肩を竦ませる男が一人。
 もちろん怖がってる要素など欠片も有りはしない。それどころか、明らかに楽しんでる様子にリクオの機嫌は真っ逆さまも良いところだ。

「なぁに、何か意見でもあるの? 聞いてはあげるけど、今ここで鴆くんの肩持ったら即刻、君のことも嫌いになるからね」
「くくっ、そりゃあ怖ろしいこった。鴆も罪な男だな。お前をここまで怒らせるんだから」
「当たり前だよ。あの鳥め、今度会ったら焼き鳥にしてくれる……」
「つうか、お前もそんなとこが、ガキって言われるんじゃねぇのか?」

 そう返される言葉に、実際に僕、子どもだからね! と頬を膨らましてそこで、あれ、と気が付いた。いやちょっと待て、自分は男に、夜のリクオに昼間行った告白の話などしていないはずだ。それ故に鴆に何を言われたかなんて知るはずがないのに、なんで君知った顔して普通に僕と会話してるの。まさかずっと面白半分に聞いてたんじゃないよね? とそうありありと顔に出す昼のリクオに、夜のリクオは如何にも人聞きの悪いことを、と言った風に肩を竦めた。

「聞いてたんじゃねぇよ、聞こえたんだ。しょうがねぇだろ? オレらは一心同体みたいな作りになってんだからよ」
「…あ、」

 そうだった、自分の恋路ばかりに気を取られてすっかり忘れていたが、自分は夜のリクオと体を共有しているのだ。つまり自分が鴆を好きなのは良いとしても、必ずしもそれが夜の自分に当てはまるとは限らないのである。例えばもしもだ、もしも自分と彼が別の違う誰かを好きになって行く行くは『そういう』関係になったとすれば、それは実に複雑な心境となるに違いない。少なくともリクオの場合は、そう仮定しただけでも心が付いて行けないような気がした。随分、配慮も何も無いことをしたものだと思うと、先程までの勢いはどこへやら、昼のリクオはしゅんと小さくなって、夜のリクオにごめんと呟いた。

「君のこと考えずに行動し過ぎたよ……ごめん。気持ち悪かった、よね……」

 そもそも男同士、理解してもらうには何かと障害の多い道である。すっかり別の意味で黙り込み、意気消沈してしまった昼のリクオにオレはどっちだって良いけどな、と笑うと、これまたあっさりと夜のリクオは言い切った。

「まぁ、オレも鴆のことは嫌いじゃねぇし。そもそもお前の恋心が成就するかも分かんねぇ話だ」
「うう……それはそうだけど……っもう、子どもがダメなんて、鴆くんの莫迦っ、いけずっ、分からず屋っ!」

 嫌いなら嫌いってそう言ってくれれば良かったんだ、と、子どもだからダメなんて、あんまりだ、とリクオはそう口にする。是でも否でもない宙ぶらりんの答えなんて、まるで三代目である自分のご機嫌取りとしか考えようが無くて、ただただ虚しさばかりが募るのみ。そんなの優しさでも何でもなくて、そんなことされるくらいなら、どうせ傷ついてしまう答えならば、いっそ潔く嫌いだと言われた方がずっとマシなのだ。その方が諦めだってつくというのに。
 思いの丈を吐くだけ吐いて、ようやく胸の痞えが少しだけ取れたと思えば、ぽろりぽろりと涙が溢れだした。そう言えば鴆に振られてから今まで泣いていなかったような気がする。ぐすぐすと今更ながらにすすり泣くよう鼻をすすれば、次々と玉の雫が頬を滑った。思った以上に鴆に振られたのが堪えたのだろう。何だかんだ言って、自分はまだまだたったの十三で、生まれて初めての恋だったところを、こっ酷く振られ、はいそうですか、と簡単に呑み込める程、大人ではないのだ。その事実がまた悔しくて、もう一度ぐす、と鼻を鳴らす。

「そう泣くなよ、三代目」

 聞き様によってはからかった口調なのに、その声音はあまりにも優しくて。あたたかい指が頬の涙を掬い取る様さえとても自然で触れられるままにリクオはそっと顔を上げた。滲む視界の向こうではもう一人の自分がいつの間にかこちらを覗いている。じわり、と新たに生まれた雫が目の縁から溢れ、ぽとりと男の手を濡らしたが、男はその手に自ら口付けぺろりと舌を這わせることで何も無かったように振る舞った。そしてまたじんわりと浮かびくる目じりには唇を落として、お前は難しく考えた上に自己完結し過ぎなんだよ、と、媚びる猫のように艶冶に目を細めて笑みを乗せた。

「なぁに、別に諦めるこたぁねぇさ。鴆はガキに興味が無いだけなんだろう? ――なら簡単だ、二人して『オトナ』ってやつになりゃあ良い。そんだけの話じゃねぇか」

 ちゅうっと夜のリクオが昼のリクオの唇へと口付ける。いきなりのことにリクオは酷く驚いて、ぱちくりと瞬きをしている合間に涙はぴたりと止まってしまった。そんなリクオに夜のリクオはからからと笑いを洩らしながら、なぁ、と甘い誘いを掛ける。これ以上のこと、してみたくねぇか? と、そうしたら『オトナ』ってやつになれるかもしれねぇぞ? と。それはリクオにとって甘い響きだ。
 オトナになれば鴆は相手をしてくれるかもしれない。あの言葉には本当はもっと深い意味があったのかもしれない。どうする? と選択を迫る夜のリクオに昼のリクオは迷った。知ってしまえばもう後へは下がれない。もう今のような子どもに戻れない。そんな予感が怖くもある。どうする、三代目? と再び夜のリクオは囁く。

「どうせいつかは誰だってオトナになっちまうんだ。成りたいと思う今変わるのか、恋心も忘れた先で変わるのか、違いなんてそんくらいのもんだろう?」

 こくりと喉が上下する。どうせ いつか オトナに なって しまう なら。それなら、今でも構わないのではないだろうか……? そう考え付けば、生来の好奇心と悪戯心がリクオの衝動を突き動かした。まずは夜のリクオの顔へと近付いて、ふわりと吐息が撫でるその距離でぺろりとその唇を舐め上げる。誘われるようにして夜のリクオの唇からも舌が覗き、リクオのそれへと重なった。初めて贈り、贈られる口付けは、どこかしょっぱくて罪の味がした。

(悪いな、ガキには興味ねえ)