夜昼:純粋じゃない彼のセリフ / By 確かに恋だった

 胸の奥でぐるぐるする淀んだ気持ちが嫌いだった。綺麗じゃない、浅ましい想いや願いを抱いている自分が恥ずかしかった。恋焦がれるほどに想いを抱く相手は、その男は自分と違ってあまりにも美しかったからより一層隠さねばと思った。ひとつがふたつ、ふたつがみっつ、時が経てば経つほどに、傍にいればいるほどに、人間という生き物はどんどん欲が深くなる。

「だからね君たち妖怪って、そういう意味ではなんだかんだ言って純粋って言うか、純情っていうか綺麗だよね」

 羨ましいや、と子どもは言った。腹の底で何考えてるか分からない人間と違って、一つの感情、一つの想いを貫き通してそれが素直に行動にも表情にも現れるから、そこがとても潔くて綺麗なのだと。きらきらと夢でも見るような子どもの言葉に男はそんなわけねぇだろ、と拗ねた声音でそう言った。

「妖だって平気で嘘を吐く。好きな相手にゃあ下心あっても綺麗にみせるもんだ」
「そういうもんかなぁ?」
「男なら尚更だろう?」
「え、」

 ぱちくりと子どもは瞬きを繰り返した。嘘? 下心? あのね、君もその男という種類に分けられるんだけど? そう首を傾げると、お前なぁ、と呆れた声音の男の言葉が降ってきた。

「まぁ、嘘はともかくとしてだ……下心のない男なんて本当にいると思ってんのかい?」

 こうやって、お前を……好いてる相手を後ろから抱きしめてる今、この瞬間に何も考えない男がいると? 聞き様によっては驚きさえも含まれたその言葉に子どもは思わず黙りこむ。図星だった。でも――でもそれは、当たり前というかしょうがないんだと思う。だって、特にこんな綺麗な貌して群れるより独りになる方を好むどこか潔癖めいた男がそんな浅ましい気持ちを底に隠してるなんて、そんなこと一体誰が思うだろうか。
 そう思う心の内さえ見透かしたようにお前は本当に可笑しい奴だよ、と男が笑った。お前はオレでオレはお前で、なのに、お前だってふとした拍子に下心丸だしの態度取ってるってのに、オレにはそんなもん無いなんてそんな話、そっちの方が断然有り得ねぇじゃねぇか、と。男の言葉に子どもは頬を赤くする。もちろん男のことを勘違いしていた事実に、ではない。どちらかと言えば、これは。

「……そんなに分かりやすかったの? 僕の態度……」
「たりめぇだ。見るもんが見れば一発じゃねぇか?」

 それこそオレみたいに、とそう言って男は子どもに手を伸ばす。細い指がさらさらと透ける茶金の髪を掻き分け、耳朶をくすぐったかと思えば男の吐息が同じようにそこを掠めて熱を燈した。すぐに頬の色を濃くする子どもに男はくっくっと喉を振るわせる。お前の方こそ変なところで綺麗だな、と男が呟く。綺麗なんかじゃない、と瞬時に子どもは思った。自分は男みたいに綺麗じゃない、ずっともっとずるくて浅ましくて欲深い生き物だとそう思っている。

 

『オレだってお前に触れたいんだからよ』

 そう囁いた男は本当にその意味を理解しているのだろうか。自分が男の全てに触れたい、とそう願っていることもお見通しなのであろうか。こんなものでは全然足りないと思っていることを知っているのだろうか。この幼く見える体で必死に閉じ込めているひどい熱の量に気付いているのだろうか。もっともっと触れたくて触れてほしくて、でもそんな穢らわしい事を言うに言えなくて、子どもは堪らずするりと体をすり寄せることでしか男に想いを伝えられなかった。

(お題:下心のない男なんていると思ってたんですか?)