夜昼:自信家な彼のセリフ / By 確かに恋だった

「…おい、あんま見惚れてんじゃねぇよ」

 そう言ってしだれ桜の木の上から、縁側に腰掛けるこちらへとじっと視線を落とした男にリクオは少しだけ頬を染めた。さっきまで遠く闇に浮かぶ月を見つめながら、気ままに煙官を口にしていた彼だったのだが、一体いつの間に自分の視線に気が付いたのか。もしかしたら言わないだけで初めから気付いてたのか。ただあまりにも長く、自分が彼の顔を見つめるから彼もとうとう言わずにはおれなくなったのかもしれない。リクオは小さくごめん、と謝ると、慌ててきょろきょろと落ち着き無く視線をさまよわせた。

「………その、あまりにも綺麗だったから……君を不快にさせる気は無かったんだ。だけど、そうさせたんなら、ごめんね……?」

 夢現の世界――季節に関係なく咲き誇る桜の中で、決して埋もれることなく美しく、されど妖しげに月を眺め憂う男の姿は同性の、もう一人の自身のリクオでさえも溜め息が出るほどだった。まるで完成された一つの絵のように、完璧で麗しいそれから目を離すことなんて出来なくて。落ち着き無く惑う視界の隅で、僅かに男の唇が尖ったような気がした。

「あぁ、確かに不愉快だ」

 またしても咎めるような男の言葉に、リクオがごめんと口にしたところで、ばさりと遠くで着物のはためく音がした。なのにとん、と軽く地に着く音はすぐ傍で、驚きに目を丸くしていると白く大きな手がそっと頬に添えられた。そして吐息が触れ合うほどの至近距離で覗き込むのは、ずっとこの縁側から見ていた麗しき男の貌だ。

「そりゃあ、不愉快にもなるさ。なんせ惚れた相手が随分と誘惑的な目ぇしてんのに、収まってんのが桜の花なんだからよ」

 そんなの不愉快以外に何がある、と男はむぅと頬を膨らます。それから、あと少しだった唇への距離を噛みつくような口付けをすることで見事ゼロへと変えて。薄荷の清涼感が、熱い舌を通して交じわったのか、リクオの背中が知らずふるりと震えてみせた。

(お題:見惚れてんじゃねぇよ)