馬鹿親な鯉さんと子リクオ

 親というのは何だかんだと言って、子どもが可愛くて可愛くてしょうがない生き物であり、それがまだ小さい上に何百年と待ちに待った御子なら尚更のこと、子煩悩とならずにいられようか……いや、いられまい。まさにそんな子煩悩が服を着て歩いてるような御人となられた二代目であるが、そりゃあもうその溺愛っぷりと言ったら、始めは微笑ましく眺めていた妖どももいつからか苦笑から呆れ返るまでに至るほどでありますよ。何にも知らない若様はきゃっきゃと父君に遊び相手になってもらえるからと喜んでいらっしゃいますから、別に宜しいんですけどね。ただ、子どもはいつか成長するものなんですよ。若君も男の子、いつもべたべたと引っ付いて……いえいえお相手してくださる父君も決して嫌いではありませんが、たまには放って欲しい時や疲れを癒す時間が欲しいと申しますかね、母君に甘えたい、恋しくなる、そんなお年頃でもあるんですよ。
 というか、あまりにもあんたが若様にくっついてんのが問題なんだよ!

 まぁ何の因果というか、なんというか、少々うざったい父君のせいか、若様は世間様でも結構有名なあれです、お母さんっ子になってしまわれたというわけです。そりゃあねぇ、ねちねちとずっと傍にいられる父君より、疲れた時やちょっと心細い時とかそういった時にちゃんと微笑んでそっと抱きしめてくれる母君に惹かれないこともないでしょう。しかし、若様はそれはそれは見事な成長っぷりを見せてくれまして、遊んでもらったのは既に過去の事、いつのまにやら母君を取るだけの父君を敵視されるようになったんですね。もちろん若様のこと、そんな開けっ広げに主張される訳ではありませんが、あのお歳で言葉巧みに父君を遠ざけては母君の方へと遊びにいかれます。言わずもがな面倒な御人が出てくるわけです。

 なぁ、首無! なんか最近、リクオ冷たくねぇ!?

 気付いてないのはあんただけですよ、という喉元まで出掛かった言葉は呑み下して、親離れとかそういうお歳頃なんですかねぇ、と適当に答えておきましたよ。あぁ、いっそこの際ですから、昼間くらい外に出掛けるなどして距離を置いてみたらどうですか、と助言も忘れずに。すごく嫌そうな顔に、これも若のご成長のためなんですから、と言い含めて。
 ということで子の親離れ――というか明らかに親の子離れで二代目と共に外へ出掛けてみましたけどね。もう、言うこと為すこと、気分はおうちに一人留守番させてしまった子どもの心配、みたいな状態です。母君筆頭にあんだけ妖どもがいる屋敷なんですけどね……本当、呆れるくらいの子煩悩です。そんなんだから若様に敬遠されるんですよ、と小言の一つでも口にしようかと思いましたが、その前に二代目と言えば懐をごそごそと漁って、一つの小さな電話を取り出してくれました。そうです、世の中便利になりまして携帯電話というのがありますからね。いつだって相手の声が聞こえるんです。

 って、出て五分くらいで根を上げるな!

 ほら、ちゃんと電話に出られるかどうかの練習だよ! とか見苦しい言い訳するんじゃありません、二代目! 大体、若が出るとは限らないじゃないですか! は? 昼間はあいつら寝てるし若菜は台所にいたら、出るのは必然的にリクオになるって……完全に若の声聞くために電話掛けるんじゃありませんか! こら、二代目! とかなんとか言い争っているうちに、二代目はさっさと電話を掛けてしまわれた。遠くもうっすらとコール音が聞こえてしまえば、もう止めることは出来ない。ここで切ってしまえば逆に怪しい電話となってしまう……ただでさえあの屋敷の電話はそうそう鳴りはしないというのに。
 しかも、こういう時だけ用意周到に怪しまれない言葉を用意してるあたり、子煩悩もここに極まれりと言ったところか。もちろん最低限の常識の元、それ以上盗み聞きはしてませんし、それ故にどんな会話が繰り広げられたのかは分かりません……いえ、敢えて言うなら一言ですか。けれどもその一言の後の二代目の泣き様と言ったら、もうなんとも筆舌に尽くしがたいものとしか言えませんよ。
 ちょっ、二代目、何があったんですか!? 何言われたんです!? そう問うても応えはありませんでした。ただおいおいと泣かれておりました……。

 

 

 

「もしもし? もしもーし? あれ、きられたのかな?」

 しょうがない、と言った風にガチャン、と音を立てて黒電話の受話器を置いた子どもは、それでも納得がいかないように首を傾げた。変な電話だった。『お父さんはいるかい?』と聞かれたからにっこりと笑って『要りません』と答えた。
 そうしたら一時の無言、そしてそのまま切られるなんて。リクオー? 誰からのお電話ー? とお母さんの声が聞こえた。それに、間違い電話! と応えていそいそと母親の元へと足を進める――その胸の内では変な電話は掛ってきたけど、今日はお父さんがいないから平和だなぁ、なんて思いながら。