レイフロ×クリス(R-18)

何かに引っ張られるよう目が覚めた。ふわぁ~、と大きなあくびをしながらレイフロはゆっくりと棺桶を開け、身を起こす。月が昇るにはまだ早い時間だった。それどころか日もまだ落ちきっていないだろう。ぐっと背伸びをし、しばらくぼんやりした後、枕元から探り出した煙草を手に取る。火を点け、口元に運ぶと、さてどうしたものかと考え始める。はっきり言って暇だった。早すぎる起床なのに眠気もさっぱりと消えていて二度寝の気分でもない。夜の帳が落ちるまでは出掛けられもしないし、揶揄おうにもチェリーが帰ってくるのはまだまだ先だ。ふぅ、と息を吐き出し、紫煙を燻らせる。ゆらゆらと揺蕩う白い煙。それが宙に溶けきるまでぼんやりと眺め、そしてまた口元へと運ぶ。二度、三度と繰り返し、何も思いつかないまま煙を吐き出す。……仕方ない、風呂でも行って時間を潰すか。こきりと首を鳴らし、長くなった灰を落とす。いつもならミネアを呼んで湯を張らせるところだが、のんびり溜まる水を眺めるのも悪くないだろう。タイミングが良ければ帰ってきたチェリーを引っ張り込める。アレはつっけんどんな口調の割りに呼べばなんだかんだで絆されてくれる可愛い男なのだ。素直じゃない息子を思い出し小さく笑うと、吸いかけのそれを灰皿へと押し付け、瞬き一つで着衣姿へと変身する。そうと決まればさっさと準備してしまうか。クッションだらけのテリトリーを抜け、バスルームへと足を向ける。元々住んでいた屋敷に比べればアパートメントなど小さく、バスルームもすぐそこだった。鼻唄混じりに中へ入ろうとして、そこでピタリと歩みを止める。閉められた扉。微かに聞こえるシャワーの音。

(なんだ、もう帰ってきてたのか?)

あちらも早々に切り上げてきたのか、ワーカーホリック気味のチェリーにしては珍しいことであった。とは言えこんな時間から書斎ではなくバスルームに籠っているとは。一体、仕事で何を仕出かしたのか。ケアレスミスか。よほど厄介な相手だったのか。面白い、とばかりにそっとドアノブに手を掛ける。覗いて驚かすついでに仕事の愚痴でも聞いてやろうではないか。にんまりと口端を上げ、音を立てないよう静かに扉を押し開く。ほんの少し、覗くほどの隙間。そこから漏れ出るもの。それを目にした瞬間、レイフロの動きが止まった。

「…ん、……、…ァ……ッ」

音を掻き消すようバスタブに注がれ続けるシャワー。その脇でこちらに背を向け、服を着たまま前屈みに座り込むチェリー。そこから漏れ出してくる押し殺した艶かしい声。震える背中。それが何を示しているのか分からないほど青臭いわけでも野暮でもなかった。
不味い。
反射的にそっと扉を閉め、足早にそこから離れる。さすがにあれを茶化すほどの悪辣さは持ち合わせていなかった。それどころか、そうか、そうだよな……と思い直すくらいである。
いくら厳格なカトリックで育ったとは言え、クリスも良い大人だ。自涜は赦されるべき行為ではないと思っていても、もはや夢精でどうにか誤魔化せる時期など疾うに過ぎている。最近では一人暮らしだったところにレイフロが押し掛けたせいでろくに出来もしなかったのだろう。あの堅物が発散するだけの適当な相手を見繕うことなど出来ないと分かっていたはずなのに、随分可哀想なことをした。こんな時、父親としてどうするのが正解なのか。

(まぁ見なかったことにする、……だよなァ)

身内に見られた時ほど気不味いことはないだろう。ガリガリと頭を掻きながら、元来た道を戻り棺桶の中へと滑り込む。枕元に手を入れ、新たに一本取り出して火を点ければ、ぽつりと思考が零れ落ちた。

「あいつは……、」

レイフロの気配にも気付かない背中。夢中になって動かす手。あいつは、俗世に染まらぬまま、経験も無いままに、一体何を、誰を思い浮かべて慰めていたのか。女か? 男か? それとも話に聞いただけの空想か? あのチェリーにあんな事を教え込んだのは一体誰なのか。人間時代に共に育った者か、ヴァチカンの厄介な司教ヒヒじじい共か…………。

「…………余計なお世話だな」

口に出し、まったくその通りだと深く深く、肺に溜まった煙を吐き出す。チェリーが何を想像しようが、誰を思い浮かべようが、誰に教えられていようが、今更手を離したレイフロにそれを口出す権利も、苛立つ要素もあるはずがない。あるのはただ目の前の事実を受け入れることのみ。そうだと分かっているのに。

「あ~~……………」

相変わらず感情というのは儘ならないものだ。フィルターを噛み、固く目を閉じる。もうしばらくすればチェリーが起こしに来るだろう。それまでにいつもの顔に戻らねば。濡れた髪を見てこんな時間からシャワーか? やぁらしいなァと揶揄って、覗いてませんよね? と嫌そうに顔をしかめるチェリーになんだ覗いてほしかったのか~? と笑いながら返して。そう、それで良い。こんな顔などあの子は知らなくて良い。ギリ、とフィルターを噛み締める。溜まった苦い味がじわりと舌の上に広がり、苛立ちと共に眉を顰めた。

※※※※

「――――ということを思い出してな」
「…………………………最っっ悪です…」

タイミングと言い、内容と言い、なぜ今になってそんなことを思い出すのか。というよりそんな記憶、いっそ灰になるまで胸の奥に仕舞っておいてほしかった。血を啜っていた唇を離し、眉間を押さえ唸っていると、レイフロはクリスの身体をくるりと反転させ、抱き寄せた腰へと腕を回す。

「…………なんですか、この手は」
「なにって、ここまで話したんだから分かるだろ? お前が一人でヤってるとこ、見せて?」
「………………は…?」

がっちりと後ろから抱きしめられ、艶っぽく囁かれたと思えば、とんでもない内容に動きが止まる。何を言い出すんだ、この人は。みるみるうちに顔が真っ赤に染まる。意味が分からない。どうして、そんな話になる。

「だって俺というパートナーがいるってことは二度と見られないってことだろ? だから、な? 良いだろう、一回くらい~!」
「な、っ……! だっても、だからな、もありません! 嫌に決まってるでしょう、そんなことっ……!」

抱き留められた腕から逃れるようクリスは必死に身を捩った。
信仰を捨て、カトリックから離反して早数年。レイフロというパートナーが出来たこともあり、自涜への忌避を考えることもなく今日まで至った。さすがに今では世の流れもあり自涜で楽園への門が閉ざされることが無いことくらい理解出来ている。だがそれとこれとは話が別だ。やれと言われてわざわざやることでも、やらされることでもない。そもそも何故パートナーがいるのにその目の前でやらなければならないのだ。信仰は捨てても羞恥心まで捨てた覚えはない。絶対に嫌だと言うように振り返り、睨み付けると、にやりとレイフロがいやらしげに口端を上げた。

「じゃあしたくなるように手伝ってやろうか」
「手伝うって…っ、ひ、…ッ……っ…!」

ぬるりとうなじに押し付けられる、熱くて柔らかい、濡れた感触。それにびくり、と身体が跳ね上がる。舐められた。そう思ったのも束の間、ちゅうっと強く吸い付かれ、ひくりと腹が震える。

「、…っ、マスター! 御冗談はやめ……ン、…っ、」
「ん~? 冗談じゃないさ。今日はお前が自分でヤるまでココのお触りも、血も精気も一切無しな?」

つぅ、と唇をなぞったかと思えば腹から股間をするりと一撫でして。既にそれらが熱を持ち始めていることなど分かっているだろうに、すぐにその手は腰へと移動すると、ゆっくりといやらしげにきわどいところを撫で始める。

「…ちょっ、も…本当に、…やめてっ、ください…って」
「そんなに嫌がるなよ、可愛いパートナーのちょっとしたおねだりだろ?」
「……っ、三週間ぶりに逢うっ、パートナーへの、ひどい仕打ち…っ、の間違いでは…っ!」
「仕打ちだなんて大袈裟な。三週間もそのパートナーを放ったらかしにしてヴァチカンの爺共と懇ろにしてた誰かさん程じゃあないだろう?」
「懇ろ…って、だから…っ、あれは私個人への依頼ではなくっ、アルフォードの代理として出向いただけだと散々説明して…っ、」
「まぁたそーやってベッドの上で他の男の名前を呼ぶ」
「他ってっ、貴方の息子でしょうが、ッ……ひァッ…!」

何を馬鹿なことを、と反論するも結果は虚しく。仕置きだとばかりにかぷりと首筋を噛まれ、小さく悲鳴が漏れる。クリスの弱いところだと知っての狼藉だ。とは言え、血が出るほどではなく、ただの軽い甘噛みで。……だというのに、久しぶりの逢瀬だからか、こんな単純なことにさえも否が応でも興奮を呼び起こされる。何故だ。ここはこんなにも敏感な場所じゃなかったはずなのに。すっかり反応し、スラックスを押し上げ始めたそれを隠すよう思わずスリ…、と膝を擦り付けると、目敏いレイフロは唇を離し、今度は耳朶へと舌を伸ばした。ぺろりと舐められただけでびくりと跳ねる。それを耳元でクスクスと嗤われ、わざとらしく息を吹きかけられれば、ぞくりと身体が震えた。

「ク~リス?」
「ッ、…ァ、だから、耳元でっ、しゃべらないで、ください、と…っ」

意図的に低くした声、耳を掠める吐息。舐められ、食まれる感触に、ぴちゃぴちゃと直に響く水音。その全てが脳を揺さぶって、腰のぞわぞわが止まらない。不味い。このままではマスターの思う壺だ。腕から抜け出そうと抗いながらも、なんとか意識を背けようとあれやこれやと関係のないことを考える。報告書のこと、猊下の意向、アルフォード達との協議予定にノクティアンの今後……。そう言えば例の件はどうなっていただろうか。ヴァチカンでメールチェックしていたとは言え、先日の会合で更に話が進んでいるはずだ。一度アルフォード達と話し合って、レイモンドに時間調整を頼み、可能な限り先方の意向を汲む形で話を纏められれば、もしかしたらアスカムの推薦するノクティアン達へと引き継げるかもしれない、……などと、そんな余計なことまで考えたのが悪かったのだろう。ふざけた声から一転、不機嫌さが滲む声が耳を這い、びくりと顔を上げる。

「…考え事たァ、余裕だな…クリス?」
「ッ、だ、…誰のッ、せぃ…だと…、ンぅ…ッ」
「俺のせいだってんなら、お詫びしないといけないよなァ?」

気を逸らしているうちにいつの間に潜り込んだのか、男の指が胸の頂きを掠め、押し撫でる。まだ柔らかなそこを。ゆっくりと丹念に撫でられると変な声が漏れそうで、慌てて口を塞いだ。不味い。油断した。だが、そんな行為さえも男はお気に召さなかったのだろう。余所見する元気があるなら手加減は必要ないよな、とそう言って。やんわりと撫でられていたそこが、きゅっと強めに摘まみ上げられ、クリスの背中が弓なりに撓った。

「んッ…! …ン、う………ッ…」

痛い。痛いのに、離された途端じわりと血が集まり、ジンジンとした感覚に腰がぶるりと震える。
昔ならともかく今となっては性感帯として拓かれたそこを弄られるのはあまりよろしい展開とは言えなかった。クリスはそこだけではイけない。イけないのに、そこだけを弄られるのがどれほど嫌なものか。レイフロだって分かっているだろうに。いや、分かってるからこそやっているのか。摘まむだけでなく、ジンジンと疼くそこを愛撫するよう擦られ、カリカリと引っ掻かれれば、スラックスの中で膨らみと硬度がグンと増した。

「クク…相変わらず下と同じでコッチも健気だな…小さいのにもう硬くなってきてるぞ」
「…っ、そんなところっ、触れられたら、誰だって…ッ、」
「『触れられたら』『誰だって』? …じゃあ触れずに試してみるか?」

くにくにと弄っていた指がもう片方の頂きへと伸ばされ、ぴくりと震える。だが、肝心の刺激は先端ではなく周辺だけの動きへと留まり、すぐに減らず口で余計な尾を踏んだことを後悔した。くすぐったい。むずむずする。なのに直接的な刺激ではないせいで決定的なものがいつまで経っても訪れない。
足りない。苦しい。
下手に尖りを摘ままれる気持ち良さを知っているだけに、くるくると、ゆるゆると乳輪だけを弄られ、焦らされるのは辛いだけだ。どうすればいい。どうしたら。じわりと下着が濡れ始める。触ってほしいのに。そう、身体だけは素直なのに、クリスの口からそんなことを言えるわけがない。出来るのはただただ口を塞ぎ、腰を揺らさないよう堪えるだけだ。

「ン、……ン、んぅ…っ」
「ほら尖ってきたぞ」

クスクスとレイフロが嗤う。わざとこちらを煽っているのだと分かっているはずなのに、頭も身体も全く言うことを聞かない。あともう少しで触ってもらえるのではと。次こそは触ってもらえないかと。期待し、けれどもその度に外され、焦らされ、また期待して。呼吸が、鼓動がどんどん速くなっていく。理性が、身体が、あまりにも簡単にめちゃくちゃにされていく。

「物足りないって顔してるなァ、クリス。でも俺は触れてやらないと言っただけで、お前まで触るなとは言ってないぞ?」

足りないのなら自分で触れ、と。そう暗に唆す男を睨み付ける。出来るものならとっくにやっていると。出来ないからこうして焦れているのだと、そう無言で責め立てるが、当の本人はどこ吹く風だ。それどころか愉しそうにクツクツと喉を鳴らす始末である。きっとここまで来たのなら、クリスが折れるまで曲げる気などさらさら無いのだろう。どう見ても分が悪いのはこちら側なのだ。塞いだ手の下で唇を噛む。自制も矜持も、今は何の役にも立たない。やるしかない。やるしかないのだ…。ぎゅっ、と覚悟するように固く固く目を閉じる。嫌なのに、拒みたいのに、堪えきれない自分が恥ずかしくて堪らなくて、ぐつぐつと脳が茹だりそうだった。

「…ッ、ン…、…っ、…ぅ、」
「……? ククッ…あぁ、なるほど、そうきたか」

自ら胸の先端を指へ擦り付けようとする動きに、男がクツリと嗤う。そういう意味じゃなかったんだが。そう言いたいのならはっきりと口にすれば良いのに、羞恥と妥協の狭間で『自ら触れる』のではなく『触れてもらう』形を選択したクリスの答えが相当面白かったのだろう。ここぞとばかりに悪乗りし、指では当てづらいだろうからと掌を差し出してくるところが余計に質が悪かった。それでも胸を押し付けるのをやめられないくらいにはクリスも散々追い詰められており、……これはもう半ば自棄だった。

「ふ、…ン、ぅ…ン……ッ」

硬い掌に乳頭が擦れるのが気持ちが悦い。堪らない。焦らされ、お預けにされていた刺激がようやく手に入り、頭が溶けそうだった。フーフーと息が荒くなる。みっともないと理解しているのに腰が止まらなくなる。

「…可愛いなァ、クリスは」

その言葉と共に、ぬるりと耳朶に舌が這う。

「ンッ、んン…っ、!」

瞬間、ぞくりと背が震えた。胸を擦る手に合わせ、レイフロの舌がゆっくりと耳殻を舐め上げ、吸い付いてきたのだ。それはまるで、胸の先を愛撫されているかのように。口に含まれたかのように。胸先に掌が擦れる度、掠める度、耳を舐められる感触が、響く濡れた音が、乳頭への刺激へとリンクして――まるで、擦られながら同時にそこを舐められているかのような感覚へと陥る。

「まっ……、ァ……それ…ンぅ…ッッ」

ひくりと背が反る。直接舐められたわけでもないのに、さもそうされたかのように胸の先がぷっくりと膨らみ、赤くツンと尖って。硬く痼ったそれがずりずりと硬い皮膚に擦れると同時に耳を舐めしゃぶられているせいで、もはや今どのような刺激がどのような箇所へと与えられているのか頭も身体も混乱して分からなくなっていた。ただただ与えられる快楽が一緒くたとなり、目の前がチカチカする。頭の中が真っ白だった。

「ァっ、…んぅっ……ッ、~~~~~っ!」

眼裏に星が散る。きゅっと足先が丸まり、背が仰け反った。あぁ、ダメだ、これは。だめだ。

「…………ん? イッたのか? お前こっちでイけたっけ? ……にしては萎えてないよな」
「ひ……ッ、」

さも達したような姿を見せながら、明らかに膨らんだままの股間を撫でられ、大袈裟なくらい痙攣する。何も出てない。何も終わってない。おそらく脳だけで中途半端にイッたのだ。腹の奥は依然として熱を持ったまま苦しいだけで。でももうこんなの、苦しいままの方がずっとマシだった。こんな、頭が可笑しくなりそうになるくらいなら、もう。

「っ…、ふ…、…っ、も…十分、…でしょ…ッ」

恥を忍んでやったのだ。もうこれ以上は良いだろう、と。そう口にするのに、男は容赦がない。今にも暴発しそうなそこを撫で擦ると、まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせるように優しく、それでいて残酷な言葉を舌に乗せる。

「……ダメだ。俺は『一人で』って言ったんだ。『俺を使って』じゃあない」

それにどうせここで終わらせてもお前隠れてひとりで抜くんだろ? なら、どっちにしろ同じじゃないか、と。同じなわけがないのに、ぐつぐつと煮えきった脳が、ずっと歯止めをかけられている状態が、辛うじて残った理性を端から溶かし、そうかもしれないなんて背中を押してくる。ちがう、同じじゃない。流されてうっかりイエスと言ってしまいそうになる口を慌てて塞ぎ、必死に首を振る。けれどそんな意地さえも「クリス?」と男に甘く囁かれるだけで簡単に、あっけなく瓦解してしまう。

「あぁ、前がパンパンだな…苦しいだろ? 苦しいよなァ。でも大丈夫だ、こんなの生理現象のひとつなんだ。お前は悪くない。我慢なんてする必要なんて無い……だから、ほら触って?」

耳元に落とされる甘言。ピン、と微かな音を立て外されるホックと、意図したようにゆっくり下ろされていくチャック。止めなくては、と思うのに瞳が、意思が、ぐらついたまま定まらない。掌の下で興奮するかのように熱い息が次々と口端から漏れる。どうしてこんなにも意地を張っているのか、そんなことさえ分からなくなってくる。そんなクリスを見透かしたかのように男は口元を覆う手をそっとほどくと、そのまま膨らみきったそこへ触れるよう導いていく。下着をずらし、ひくひくと震える下生えに覆われる下腹を撫で擦って。とびっきり優しく、しかし圧のある声で「…触りなさい」と囁かれると、もうダメだった。

「…っ……ン、…ふ…、」

熱い。苦しい。張り詰め、育ちきったそれに、滾るような熱。既に糸引くほど濡れた感触に、触れただけで痺れるように走る快感。興奮しすぎているのか自分のものなのに、まるで別の生き物を触っているかのような感覚にぶるりと腰が震える。

「そう、イイ子だ」

――そのまま動かして。
だがそれも初めだけで。疾うに限界を迎えていた欲望が、焦れったさが、クリスの手を滑らかに躊躇なく動かしていく。気持ちが悦い。気持ちが悦い。次第にとろとろと思考が溶けていき、動かす手が速くなっていく。

「…そう。上手だな、クリス」
「ン…っ、…、ァ、……ッ」

幹をこすって、親指でくびれを撫で擦って。ぬるぬると溢れる先走りを纏わせた指で、丹念に塗り込めるよう動かしていくと頭の中が溶けるほどに気持ちが悦い。

「クク、…気持ち悦いって顔してるなァ。ほら、まだもの足りないだろう? ココも触って」
「あっ、…ン、…っん、ぅ…ッ」

指し示されるまま指が裏スジを這い、こすこすと柔らかく擦って。それだけでびりびりと快感が駆け巡り、シーツに皺を寄せる。気持ちが悦い。何も、考えられなくなる。ぐちゅぐちゅと左手で幹を擦って、右手は敏感な先を慰めて。熱を持つ生身の腕がこんなにも悦楽を生むなんて思ってもみなかった。長らくクリスにとって自涜というのは冷たい義手で行う行為だったからだ。だからなのか、こんなにも熱のある指が絡みついてくると自分のものなのにそうではないようで、ますます熱が上がっていく。まるでレイフロに触れられているような、さわってください、とようやく素直にねだって待ちに待った快楽を与えられた時のような、そんな感覚に陥る。マスター、マスターと心の中で男を呼ぶ。もっとください、と夢想の男へと乞い願い、動きを速める。そうやってとろりと悦楽と妄想に耽るクリスに何を思ったのか。男はクイ、と顎を持ち上げ顔を近付けると、こわいくらい真剣な声で囁いた。

「…クリス、お前は今、何を考えてる? 誰を思い浮かべてる? 昔のお前は、その手を誰のものだと想像した?」
「……っ、…ん……ン……?」

何……なにを考えているか…なんて。熱に揺蕩う頭で考える。そんなの決まっている、……今も昔も変わらない。レイフロのこと以外あるわけがない。こんな、こんなこと。レイフロ以外の誰を、何を思い浮かべろと言うのか。かつてはこれを、父親の手解きであり同性愛ソドムではないと言い聞かせ、今は教え込まれた夜を思い出しては慰めているというのに……。

「ぁ、っ…マス、ター……ッ」

貴方しかいないとそう言うのに。

「…………いや、やっぱり良い。聞かなかったことにしてく、」

なのに、快楽の譫言かと思ったのか。いい、と言って引こうとする男へと衝動的に口付ける。譫言でも間違いでもないのだと言うように。その目を見つめて。

「は……っ、レイ、フロ……ずっと…この手が、貴方の、手であれば、と思っ…てッ……っ、……?」

――そう、口にしたところでぎゅう、と強く抱き締められ、なにを、と思ったのも束の間。大仰に溜息を吐いたかと思えば、男は肩口にぐりぐりと頭を押し付け、声を上げた。

「ア゛~~~~~~……もう、クリス…お前なァ~~…」
「………ます、た、……っ……?」

突然の行動……いや奇行に目を丸くするも、それは瞬く間に別のところへと追いやられ、代わりにその意識はそれよりもずっと下――尻に当てられたすこぶる硬く熱いものへと焦点を当てる。これは、……その、一体なんだろうか。たった一つ、思い当たるものが浮かび、思わずひくりと肩が震える。

「あ、の…っ…当たって、る…これ、は……っ」
「……悪いな、クリス。…やり直し、させて」

そう言って易々とクリスの身体を向かい合わせて、己の腿へと乗せると。男は片手でクリスの頭を引き寄せ、啄むよう何度も口付けながら、もう片方の手で自身のフロントを寛げ始める。

「はっ…、んッ、…………、ンぅ…っ!?」

それに訳も分からず流されるまま口付けていた身体がびくんと跳ねた。まってくださいと止めるより先に。陰茎が握り込まれ、一緒くたに擦り合わせられ、揉みしだかれたのだ。――男のそれと一緒に。ふたつ、纏めて。

「ひっ…ァ………そ、れっ、…ァ、…ッ」

にちゅにちゅと音を立てながら、男のモノと同時にしごかれて。掌や指、そして火傷しそうなほど熱く硬いそれにゴリゴリと押し挟まれて、擦り付けられる。カリ首が引っ掛って擦り合わされば腰が抜けるほど気持ち悦く、溜まりに溜まった限界はすぐさま顔を覗かせた。

「…ァ、ア……ま…すた…ァ…そ、れ……も、ぅっ」
「ン、…もう、ちょっと、な? ほら、お前も…さわって」

引かれ、伸ばした手がレイフロの指と陰茎に絡まり、導かれるままぬるぬると亀頭を握り込む。そうすれば、キスでもするかのようにちゅ、くちゅとくっついて。どちらのものかも分からない先走りが糸を引き、そのいやらしさに眩暈がした。ハッ、ハッ…と息が上がる。何もかもが込み上げる射精感へと繋がっており、堪らずぶるりと腰が震える。感覚の全てが性感へと変えられていた。もはや目の前で真っ赤な粘膜が擦れ合う光景も、触れる掌の中で互いのものがひくひく震える感触も、興奮したように上がる息が交わることさえ、全てが簡単にクリスを追い詰めていく。

「ァ………も…っ、……ます、た……ますたァ…ッ」
「……あぁ、クリス。いい子だ。よく我慢したな」

褒美だとでも言うように男との唇が重なり合い。ぐり、と強めに鈴口を抉られればあっという間に限界は訪れる。

「ンぅ……ッ、~~~~……ッ!」
「…っ、ぅ………ッ」

呑み込まれる声。波打つ下腹。明滅するような快感と共に、溢れ出た二人分の白濁が互いの指と腹を汚す。達する瞬間はいつだって天国だった。一時的な幸福感は充足した疲労を心地好く感じさせ、くたりと身を寄せる熱さえも好ましく思わせる。
……が、そんなクリスも結局は男なのであって。出すものを出せばあっという間に熱が落ち着き、冷静で論理的な思考が嫌でも戻ってきてしまう生き物なのだ。――そう、喩え惰性的に口付けたまま舌を貪り合っている最中だとしても。

「ぐッッ……!! ぃっ…でぇ~~~~……!?」
「………マ~~ス~~タァ~~~~~~……?」

正気に戻った頭で、レイフロの額に己の額を勢い良くぶつける。頭突きだ。まさか男も口付けている相手が突然そんなことを仕出かすとは思ってもみなかったのだろう。まともに喰らって涙目となるが、そんなこと知ったことてはない、と寛がされたスラックスを勢い良く引き上げる。そして男の襟首を引っ掴み、ギリギリと握り締めると、クリスは余所行き向けの、にこりと不穏な顔で微笑んだ。

「さて、私に何か言うことがありますよね?」
「いや、ク、…クリスくん…これはだね、えーっとだね、」
「貴方には少々難しい質問だったようですね? では質問を変えます。――――……貴方は一体何に怒っているんですか」

怒っている。そうだ。今日のレイフロはずっと機嫌が悪かった。どんなに茶化した口調でいても、いつもの様を装ってはいても、その機嫌の悪さは態度に、行為に滲み出ていた。しつこいくらいに焦らし、躱し、折れないくらいにはクリスの何かを捩じ伏せないと気が済まないようだった。まるで何かに苛立っているかのように。何かを、確かめずにはいられないかのように。

「……べつに、怒ってるわけじゃ、」
「では言い方を変えます。貴方は何をそんなに拗ねているのです? 不満なのです? 不安がっているのです?」

理由なく他人に当たるようなヒトではないことを、他の誰よりも知っている。だからこそ理由が知りたいと、話してと。そう望むことは過ぎた願いなのだろうか。……マスター、とダメ押しとばかりにもう一度男を呼ぶ。教えてくださいと子どもっぽく懇願するように。そうすればレイフロはそっぽを向いた後、ようやく渋々と口を割った。

「…………空腹限界」
「……?」
「滞在予定は長くて十日。反対する俺にお前がそう言ったんだろ。なのに蓋を開けてみれば電話一本で三週間に延長、おまけに帰ってきたお前はピンピンしてるときたもんだ」
「マスター?」
「……別にお前が誰からナニを貰おうが俺が口出しする権利なんて無いのは分かってる。あそこの爺共に懐くのも、ついつい居ついちまうのも、全部お前の自由だ」
「あの、レイフロ、」
「そう分かってるのに、どうしても欲が出ちまうんだよ。コイツは俺のものなのに――……って、クリス?」

気付けば男の頭をそっと抱き締めていた。男の目が丸くなる。だがクリスはその手を離そうとは思わなかった。……正直、その告白とあの辱しめがどうして結び付くのか、クリスにはよく分からない。けれども一つはっきりしていることがある。それはクリスが善かれと思ってした行動が彼をここまで追い詰めたということだ。

「……貴方を心配させまいとしたことが、全て仇となってしまいましたね」

申し訳ありません、とクリスは額を合わせて謝罪する。
――当初、代理とは言えノクティアン側の代表者としてヴァチカンへ赴くことを男は酷く心配し、反対すらしていた。クリスが信仰を捨て、ヴァチカン側の重要監視対象者となっていたせいだ。それを押し切る形で赴いた身としては、滞在期間が延びるという予定外のアクシデントは男に余計な心配をかけるだけのものだとよく分かっていた。故に簡素な報告と予定の変更、それだけを一方的に伝え、滞在の延長を行っていたのだが、今にして思えば勝手に決めるのではなく、きちんと相談して考えるべきだったのだろう。――喩え理由が理由だとしてもだ。

「……試されたのですよ。今の私が、彼らの敵ではないことを証明するために」
「…………なっ、」
「とは言っても厳密には、信仰を捨てた私が未だ人間をエサの対象としていないかどうかを見る、…と言ったところでしょうが」

それはノクティアンが人間と共存するにあたっての必須条件であり。その代表者として赴いたクリスを試すには体の良い表向きの理由となった。
……予定外というものはこの世にいくつでも発生するものであり。例えば予定とは倍の、長期に渡って血を得られないと分かった場合、どう反応するのか、どう対応するのか。人間の敵となり得るのか、現時点ではそうならないのか。ヴァチカンとして、監視者として、彼らは把握しておきたかったのだろう。おそらく滞在の延長を持ちかけられた時点で、試験は既に始まっていた。

「フン……例の教皇猊下殿か」
「…いいえ、私をヴァチカンに留め置いたのはあの方ではありませんよ。枢機卿の方々です。……少なくともあの方は、我々が予定していた約束を守ろうとしてくださった」

――君がヴァンパイアあるいはその類いに大いなる嫌悪を抱いている事を私は高く評価している。今も君にその憎悪と神への信仰心が認められる限り――……
かつて重きを置いていただいたその憎悪も、信仰心も裏切るよう捨て去ってしまったというのに。かの方は未だこれまでの、そして今に続く実績からか公平無私に評価してくださっている。故に。クリストファー・J・ゴスはノクティアンの代表者であり客人であると。その客人へ一方的な断食を強いるという非礼な行いを我々はすべきではないと。そう、枢機卿の方々を戒めてくださりはしたものの、いくら教皇と言えども結局はヴァチカンもひとつの組織なのである。最終的な決定権はあれど、最高顧問である方々の意見を全て否定した決定はいずれ小さな歪みを生み、諍いを呼んでしまうのは火を見るより明らかだった。

「…それで、お前はその猊下殿と枢機卿殿を立てるために自ら残ることにした、と」
「それも無いとは言いませんが、ちょうど良い機会だと思ったのです。ヴァンパイアを狩りながら、というならともかく、ただ滞在期間を延長するだけならば性質上、私の方に利がありますし、不当な扱いをしたという事実から今後しばらくは無用な干渉も減るでしょう。…旅立つ前に貴方がたくさんくれたのでそう判断出来たんです。……血も、精気もたっぷりと与えてくれたから。だから底が尽きなかった。ピンピンしてるように見えるのならただ、それだけです。厳格な監視下に置かれていたのですから、貴方以外の誰かから何かをいただいた時点で私は今ココにはいませんよ」

そう言ってゆるりと腹を撫で擦る。意味深に、そしてあの日の行為を彷彿させるかのように。
……そう、滞在の延長は確かに賭けの部分も含んでいた。それでも随分、分の良い賭けであったと思っている。元々、三週間程度ならギリギリとは言え堪えることは出来ていた。しかもそれは飢える寸前まで追い込んでいた常に血が足りない状態だった頃の話である。常に血も精気も十分満ち足りており、更には出発前にこれでもかと与えられた今ならば、日光にも聖地にも弱ることを知らず、戦闘などで消耗するでもないただの滞在で血を断つことはそこまで問題ではないと判断したのだ。結果として、得られたものはそれなりに大きかった。……こうして下降したレイフロの機嫌を――否、不安を除いては。

「……だとしてもだ、それくらい言ってくれてもいいだろうに」
「むやみに心配させて、貴方が飛んできてしまったらと思うと怖くなったのです。私と違い、あそこは貴方にとって毒だから」

それに、とクリスは男の胸へと手を伸ばす。はだけた張りのある身体へとゆっくりと触れ、その温度を直に確かめると、艶かしくつぅ、と指でなぞり、ちいさくわらった。

「貴方には元気でいてもらわないと困りますから、ね」
「…クリス?」
「三週間。飢血でないとは言え、それなりに腹が減ってるんです。…久しぶりだったでしょう? あんなにがっついている私は」

先程咬んだ、未だ残る首の痕を指で辿り、目を細める。もしかしたらそんな姿を見せたから、男は同居し始めた頃のしょうもない記憶なんてものを思い出したのかもしれない。そんなことを思いながらシャツに手を掛け、脱がせていく。

「全然足りないんです、レイフロ。…私を満たせるのは貴方だけ」

だから、いいでしょう? と。そう首を傾げてみれば、男は大層可笑しそうにくつくつと喉を鳴らし、機嫌を直したようににやりと嗤ってみせた。

「…いいだろう、クリス。ならば見せてみろよ、禁欲の成果とやらを」