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陽の下というのはこうも暖かいものだっただろうか。目深にかぶった帽子の陰でアーデンは小さく口角を上げる。冷ややかな空の下で見上げる星や月ばかりだったからよく思い出せない。だが、燦々と降り注ぐ陽射しも悪くないものだな、とそんなことを思いながらアーデンはクリスタルの欠片を集め続ける。成果はそこそこに順調だった。白い迷子の方向音痴が同じところをぐるぐる回るタイプでなく、元の道へと戻れないタイプだったおかげかもしれない。未だ見覚えのある場所へと戻れないまま二人は冒険を続けていた。
『あっ アーデン! クリスタルの欠片 こっちにもあるよ』
元の道には戻れないが反省も後悔もないと言ったように、何の根拠があるのか無いのか堂々と先を歩く白い生き物が部屋の端へと駆け寄り、ほら! とまた目新しいタワーを見つけては前足を上げて示す。本がいくつも積み重なった高いタワー。ぐるぐると階段状に足場が出来ており、その上にはクリスタルの欠片がいくつも浮かんでいて、これまた立派な様相を呈している。
「えー…また登るのー?」
『そうだよ~ ほらー頑張って頑張って~』
なんともおざなりな応援だ。呆れた溜息を溢しながら、アーデンはこれで四つ目となるタワーへと諦めの境地に至りつつ足を掛ける。
さてはて、いつになったら元の場所へと戻れるのやら。いやこの場合、達成すべき点は元の場所と言うより集めたクリスタルの欠片の数だろうか。あーだこーだと考えつつタワーを上りながら、ふとアーデンは遠くの床へと視線を投げ、あることに気付いた。あちらこちらと床の上にまばらに散らばる何枚もの紙。今のアーデンにしてみれば絨毯ほどもあるその紙の上で踊るのは、紙の大きさに比べれば驚くほど小さいたくさんの文字達だ。ここからでは到底見えないだろう大きさの文字達。でもそれが、
「読める……」
息を呑んだ。そんなこと、ありえない。そう頭で分かっているのに目を通して入ってくるのはそのありえないこと、そのもので──。呆然としたまま近くに落ちているものから順に目を通していけば、それらの文字はひとつひとつの単語へと変換され、それがまたひとつの文章へと連なっていく。

【シガイによる現在の被害報告】
【原因不明の流行病に関する感染状況と閉鎖地域状況】
【黒い靄とシガイ発生機序について】
【流行病における唯一の治療法の確立】

シガイ
流行病
黒い靄
唯一の治療法

意味が分からない言葉のはずなのにどうしてだろう、すとんと胸のうちに落ちるそれ。自分はこれを知っている──ここが“どこか”を知っている。どくんと心臓が跳ねた。そんなはずない──。慌ててぐるりと落ちている本の背表紙へと目を向ける。どれも重厚で表紙の毛羽立っている、小口もうっすら黄ばんだ年月を感じるものだ。そんな古びた本の背表紙に刻まれる文字。それを目にしたアーデンは、いよいよ言葉を失ってしまう。

魔法、兵法
ルシスに関する歴史書
帝王学、真の王、神凪一族
チェラム、指輪、六神、クリスタル……

あぁ、とアーデンは目を閉じる。どうして今の今まで気付かなかったのだろう。唇が皮肉げに弧を描いた。
あぁそうだ。瞼の裏で暗い影がちらちらと浮かんでは消える。そうだ、……ここは、この部屋は。固く閉じた瞼を押し上げ、アーデンは高い高い、大きな光差す窓を見上げた。自分の大好きだったというこの部屋……陽射し差すソファがお気に入りだったというこの部屋は──もう何年も前に訪れることさえ許されなくなった、父の書斎だった。