08

白い生き物を追いかけながらアーデンは辺りを物珍しそうに眺め、時折見つけたクリスタルの欠片を手に取り、集める。分厚い本に、巨大な羊皮紙。ワインボトルにペーパーナイフ。蝋封された大きな手紙に羽ペン、燭台、インク壺。大小様々なものを組み合わせ、よくもまぁこんなものを立てようと思ったなと呆れるくらい高いタワーを登り、時には影から飛び出してきたナイトメアと戦って。
キラキラと手の内に消えるクリスタルの欠片を眺めながらふと、これは今どれくらい集まったのだろうかと、そんなことを思ったりもする。もうたくさん集めたような気もするし、そうでない気もする。最初はなんとなく数えていたそれも、ナイトメアが現れたあたりでやめてしまった。足し引きするのがめんどくさすぎるからだ。俺、武官じゃないし戦闘苦手なんだよねぇ…。そんなことをなんとはなしに考えていれば、そう言えば! と生き物が何かを思い出したようにキュウと鳴いた。
『このお部屋のパネル さっきの森とは違うのもいくつかあって』
『たとえば あれとか!』
そう言って生き物が先にあるパネルへと駆け寄り、アーデンを呼ぶ。それにハイハイと返事をしながら歩み寄れば、そこには銀色のパネルが備えられていて。その表面に刻まれた絵にアーデンは何これ? と首を傾げた。バツが横に二つ並び、その下には波線が刻まれているそれ。波線の端には牙のような尖りが付いていて例えるならやられた怪物の顔だろうか。
『踏んでみて!』
「……変なのじゃないよね?」
『もちろん!』
やたらと自信をもって返してくるところが逆に怪しいのだが。まぁいいかとアーデンは頷き、パネルの上に乗る。そうすればカチッと音を立て、填まったパネルがぼんやりと緑色に発光して。足元で光の渦を巻いたかと思えば、それはぐるぐるとアーデンの体を螺旋状に巡り、オモチャの剣へと吸い込まれていった。そして。
「う、わっ……!」
黄色い剣から弾ける光。それがホタルのように宙を漂い、消えていくとオモチャの剣はまたなんの変哲もない元の黄色い姿へと戻ってしまい。一体何なんだ。意味が分からず首を傾げるアーデンとは逆に、生き物はやったね! とでも言うように羊皮紙に花の絵を浮かび上がらせた。
『オモチャの剣がパワーアップしたよ!』
「パワーアップ?」
『そう! 攻撃力が二倍! そしておまけ付き!』
「おまけ……」
『そう おまけ! 試しに剣を振ってみてよ!』
えー…と不満を表しつつも生き物のことだ、やらなければやらないでまた面倒になるのだろう。そう思い、アーデンは素直に剣を振る。そうすれば黄色の剣身は淡い緑色の光に包まれ、キラキラと輝いて。ほらね! とでも言うように生き物はキュウと鳴いて胸を張った。
『これがおまけだよ~ 強さは二倍! しかもかっこよく光る! すごいでしょ~?』
『名付けて “オモチャの剣・改”!』
「いや待って、強さはともかく光るって…光るだけ? え、この機能要る? 要らないよね? 子どもじゃあるまいし!」
『え~ 要らなくないよ~ 要るよ~』
「要らないよ! 一体俺をいくつだと思ってるの!?」
『えー いくつって言われても』
うーんうーんと考えるように生き物が唸る。その様子に、もしかして本当に子どもだと思っていたのだろうかとアーデンは思わず疑いの目を向けた。この身形で? まさか。だがこの白い生き物が相手となると否定しきれないのが残念なところである。むむむ、と渋面を作るアーデンをよそに生き物はうーんと首を傾げると考えるのを諦めたようにキュウと鳴いた。
『どうしよう そんなこと考えてもみなかった』
『だって人間なんて 僕達からしてみればみんな子どもみたいなものだから』
ある意味想定外な言葉。それにがっくりと肩を落とす。なんなんだ、この生き物は。青二才と言って回る老いぼれか何かか? 頭が痛いとばかりにこめかみを揉むアーデンに、生き物は不思議そうに傾げた首をさらに傾げた。
『アーデン もしかしてこのパネル気に入らなかった?』
「いや、そういうことじゃなくて」
『えー?』
気に入るとか気に入らないとかそういうことではなくて。なんと言えば伝わるだろうか。今度はアーデンの方が頭を悩ませ唸っていると、生き物がじゃあ、あれは? ともう一つ先にあるパネルを指し示した。
『うん! あれなら アーデン絶対気に入るよ!』
ほら来て! と駆け寄る生き物に分かった分かったと手を振って足を進めれば、似たような銀色のパネルがまたもやそこにあって。ただしそこに刻まれた絵は違うもので、その見覚えのある独特な鳥の絵にアーデンは大きく目を見開いた。
「これ……もしかしてチョコボ?」
『そうだよ! アーデン好きでしょ?』
「まぁ…嫌いじゃないけど」
素直に好きと言うのも癪で、ひねくれたようにそう口にする。が、脳裏をよぎるのはいつか共に過ごした人懐っこい彼らの姿だ。彼らと旅をしたたくさんの記憶。近くの街から遠くの村まで。砂漠の地から遥か向こうの海原まで。旅の供ではなく友として。その大きな体と力強い脚力でアーデンを軽々と背に乗せ、風を切った彼らとの記憶で──。
「……あぁ、なるほど」
アーデンはぐるりと部屋を見渡した。ここは夢の世界。そのせいで疲れはしないが、その広さには少し辟易してしていたところだ。生き物の言う“目的の場所”がまだ先なら、時間の制約が無いとは言え、足の早い彼らが居れば心強いことだろう。
『ね! パネルを踏んでみてよ』
「…はいはい分かったよ」
あくまで仕方なくといった体で。パネルを踏むアーデンは、その実、心を踊らせている。現れるチョコボは何色だろうか。その首を撫でさせてくれるだろうか。大人しく、気持ち良さそうにくちばしを擦り寄せ、懐く姿を思い出しながら仄かに抱いた期待は、しかし悲しいかな、ボフッと音を立てパネルから現れる白い煙とともに霧散することをアーデンは知らない。
「…………ェ?」
『やったね! 大成功だよ!』
生き物の言葉にアーデンは訝しげに眉を寄せた。……大成功? 大成功って、ここには何も現れてないじゃないか。そう口にしようとしたところで、羊皮紙に添えられた手が人のものでなく黄色い羽根だらけの翼であることに気付き、アーデンは舌を凍らせる。いや待て何が起こってる。なんだこの黄色い翼は……!? この黄色い胴体は……!? 右腕を見て、左腕を見て。腹を見て、足を見て。愕然とする。どうあっても人間ではないそれ──いやはっきり言おう。どう見てもチョコボでしかない自分の姿。それに、アーデンは思わず叫び声を上げた。
「クエーーー(なにこれ)!?」
『チョコボだよ~ アーデンの大好きなチョコボ!』
「クエーーーーーー(そういうことじゃなくて)!」
まさかのまさか。パネルからチョコボが現れるのではなく、自分がチョコボになるなんて! 一体誰が想像しただろうか! しかも口に出す言葉は誰がどう聞いても立派なチョコボの鳴き声だと言うのに、生き物に問題なく通じているあたり地味に腹が立つ…!
「クエーーー(早く元に)! クエーーー(戻せ)!」
『えー? 早く走れるし 空も飛べるし 結構便利じゃない?』
「クエーーーーーー(便利以前の問題だ)!」
『え~~!』
なんでなんで~!? と嘆きながらも、戻せ戻せと鳴き続けるアーデンに根負けしたのか生き物は尻尾を振って回りながらジャンプしたら戻れるよ、などと言葉を紡ぐ。さりげなく辱しめを言い渡された気がするのは自分だけだろうか。とは言え、問うても戻るにはそれしかないようで、アーデンは諦めて言葉通り従うしかない。尻尾を振り、なんだって? 回りながらジャンプする? 半ば自棄気味に、羞恥心を捨ててそうやればボフッと軽い破裂音と共にまたもや白い煙が体を包んで。ようやく元の姿に戻ったかと思うと、アーデンは深々と溜息を吐いた。
「君ねぇ……!」
『だ だってアーデン チョコボ好きだから絶対よろこぶと思って…』
「言いたいことは分かるけどさぁ…」
『じゃあなんでアーデン? どこがダメだった?』
本気で分からないと言ったように、生き物はしょんぼりと耳を垂れさせる。その姿にアーデンは額を覆った。おそらく生き物に悪意はないのだろう。常識もないが。パン好きの人間がパンになって食べられたいなんて思うと思う? なんて皮肉も引っ込んでアーデンはもう一度だけ溜息を吐く。なんでって。そんなの決まってるじゃないか。あれじゃあ、あの姿じゃ、
「撫でて、やれないだろ…、」
ぽつりと溢した言葉。自分でも意図せず口を突いたその言葉に、生き物は黙したままだった。否、応えるべき言葉を失った、とでも言うのかもしれない。
それもそうだ。アーデンはひとり自嘲する。自分だって分からないのだ。何故こんなにも落胆しているのかも。彼らに会いたいと思ったのかも──。
悪かった。忘れてくれ。そう続けようとするアーデンを、しかし生き物はキュイと鳴くことで遮った。
『…もしかして きみは あの子のことを覚えているの?』
「……は? あの子って」
一体誰のことだ。そう問う前に生き物はううん何でもない、と首を振った。代わりにキラキラと溢れ落ちたのは幼子を諭すような言葉である。
『アーデン ここには生きものを連れてはこられないんだ』
「…知ってるよ」
だってここは夢の世界なのだから。そう呟くアーデンに生き物はそうだね、と静かに応える。
『ここは夢の世界』
『きみが帰るために創られた場所』
『きみが思い出すために在る記憶』
だから、と生き物は言葉を続ける。
──だからボクはきみにそうたくさんのことをしてあげれられないんだ、と。
その言葉にアーデンは、もう一度知ってるよと応えた。知ってるよ、そのくらい。
そう小さく口にするアーデンに生き物はキュイと鳴いて羊皮紙を光らせる。でもね、アーデン、と言葉を綴って。
『ぼくはこの世界の案内役』
『きみが迷わないように導くのがボクの役目』
『ならボクは ボクの役目を果たすべきだと思うんだ』
『進む先で またきみが迷わないためにも──』
だからこれはボクときみだけの秘密だよ。そう言って生き物はキュイと鳴き、宙を二回転する。そうすれば傍らのパネルは赤い光を纏い、チョコボの絵が刻まれた銀色から、錠の絵が刻まれる金色のものへと変化して。驚きのまま目を丸くするアーデンに、これはまだロックされたままのパネルだよ、と生き物は言った。
『これを解除するには クリスタルの欠片が必要なんだ』
生き物がキュウと鳴く。それがなんでか空元気のような声にも聞こえ、アーデンはついと顔を上げた。
『だからね アーデン』
生き物が言う。笑うように。泣いてるように。目を細めてゆっくりと。
『この部屋にもいっぱい いーっぱいあるからね』
『だから たくさん …たくさん集めて 解除しよう?』
そう言って生き物は傾げた首を元に戻すと、アーデンに背を向け、導くように歩き始めた。羊皮紙には、はにかむチョコボの絵を浮かび上がらせながら。きみも早くおいでよとでも言うように先へ、先へ。