イカサマ勝負

 宴の片隅でよくやっていたから腕にはそこそこ自信があった。ましてや誘いかけてくる相手は鴆と夜。二人とも酒が十二分に入っていたし、興じているところなど今まで見たことがなかったから、負けるなんてそうそう有りはしないだろうと思っていた。全てはそんな油断と妄信が招いた結果なのだが。何であれ、如何に相手が気心の知れた者であろうと、後先考えず安易に乗るべきではなかったのだ。

『――花合わせをしないか、昼?』

 負けたら勝った者の言うことを聞く。そんな賭け事にも似た罰ゲーム付きのお遊びなど。
 ――花合わせと言えば花札遊戯のひとつ。手札の花と場札の花を合わせ、自分の札とし、その得点を競う遊びだった。
勝負は一年を模して十二回。その間に最も点を稼げた者が勝ちとなる。基本は三人で行い、手札が無くなると同時に終了。そんな基本的なルールを反芻しながら昼は冷や汗を掻きつつひとり延々と考えていた。どうしてこんなことになったのかと。

 

 

 特に大きなミスをしたわけではなかった。相手がめっぽう強いわけでもなかった。勝負かたわら酒を口にする二人とは違い、なみなみと注がれた盃にも一切、手を出さすことはなかった。前半も面白いくらい順調だった。それこそ、このままいけば罰ゲームを指定する側になれるのではないかと思うくらいに次から次へと役が揃っていった。
 それなのに。それなのに、これまでの流れが嘘のように急に雲行きが怪しくなったのは半分も過ぎる頃であったろうか。配られる手札にそう変わりはなかった。良い手もあれば悪い手もある。しかしながら流れが変わったと感じ始めたのは、いくら手札が良かろうと場札が取れなくなったからだ。山札をめくっても片っぱしから取られていくし、ようやく取れたと思ったらカスや短冊など点の低いものばかり。中途半端に集まった札ではほとんど役など作れなくて、ついには札のみの点数でどうにかその場を繋げていく始末だった。もはや最悪の状況とも言えるだろう。
 その一方で相手の二人と言えば、互いが互いに邪魔することなく、それぞれが高得点の役を作り上げ、それまでの負けも何のその、あっという間に昼の点を抜いていく。このままでは不味い。流れを変えなくては。そう分かっているのにまるでこちらの手札を読んでいるかのように男たちは昼の次の手を邪魔し、奪っていく。
 イカサマだろうか? そんなことさえ考えたが、よくある印か何かが付いているわけでもなく、とうとう流れを変えられぬまま、今現在、最後の月の、最後の一手となってしまったのである。嗚呼、一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

「どうした、昼。手ぇ止まってるぜ?」

 なんとも意地の悪い笑みを浮かべながら夜が酒を片手に次を急かした。鴆と夜、二人の手札はもう残っていない。残るは昼の手に持つ一枚だけ。場に残るのも同じく一枚。札は全部で四十八枚、山札も残っていない。つまりこの時点で、何がその手に握られているのか自ずと知られているわけであり、取った札を合わせても、昼の負けが確定していた。

「おら、さっさと出しちまいな」
「……っ、」

 鴆もにやりと口端を上げ、せっついた。しかし何と言われようと昼に出せるわけがなかった。出したらこの遊戯は終わってしまう。遊戯が終われば罰ゲームが待っている。罰ゲーム自体怖いとは思っていなかったが……いや、あまり良い予感もしていなかったのだが、それでも、本来ここまで自分を躊躇わせるほどの力は持っていなかった。お遊びがお遊びのままであったなら今頃、潔く負けを認めていただろう。

――『健全な』お遊びのままだったなら。

「残念だが、時間切れだ」

 唐突に告げられるその言葉と共に、くつりと喉を鳴らす音。途端、くるりと世界は回り、気が付けば薄暗い天井と、それを遮るように夜の顔が自分を覗き込んでいた。

「……え?」

 何が起こったのか分からない。そんな顔をする昼にさらに笑みを深め、夜は唇を寄せる。観念しな、とそう言って。

「次の手を出さないのは棄権行為だ。つまりお前の負けだ」

 愉しげな声音なのは勝者としての余裕なのか。悔しさに唇を噛みしめる昼を笑うようにべろりと濡れた舌が耳朶を這った。

「ひっ、」

 びく、と震える体。まぁ、出したところでお前の負けは変わらないだろうがな、と鴆が愉しげに哂った。