学パロ 鴆昼前提、攻若→昼←夜若

『今日の十八時、第二視聴覚室に来てください』

 白い封筒に入っていたものは、女子特有の丸い柔らかい筆跡でそう書かれた手紙。特に何かを期待していたわけでは無かった。ただ誰からの手紙かも分からず、何も言わないで放って置いたあげくずっと待たせておくのも気の毒だからと思ってリクオは行っただけだ。それがどうしてこうなったのか。嵌められたのだと気が付いたのは、先にその教室で待っていた男たちにつららに書かせて正解だったな、と満足げに笑いを見せられ、びらりと一枚の写真を掲げられてからだった。

「これ、お前だろ?」
「………なに、…それ……」

 さぁ、と血の気が引くのが自分でも分かった。もしかしたら目の前にいる男はもっと良く分かったのかもしれない。急に青ざめるリクオを見て、男は実に面白いものでも見たようにくっくっと笑ったのだから。男が取りだしたのは一枚の写真、それには自分ともう一人男が映っていた。もう少し詳しく言うならば、保健室のベッドの上、情事の最中にとろりと蕩けた顔をする自分の姿と、そんな自分を組み敷く保健医の鴆の姿が映し出されていた。誰にも言えない秘密、それが暴かれた瞬間。青くならない方が可笑しい、この学校と言う狭い世界の中で生徒と教師、その恋愛というのは御法度中の御法度であるのだから。

「……っ、…どこで、そんなもの…っ…」
「? お前、オレたちの事知らねぇのか?」

 まさかな、と嘯く男にリクオはギリ、と唇を噛んだ。それくらい知ってる、いや、むしろ知らない者などいないだろう、自分を含め、この男たちは有名なのだ……。奴良リクオ。奇跡とも言える確率で、この学校にはその名を持つ者が三人いた。一人は自分、そして残りの二人が目の前の男たちなのである。同じ名を持ちながら、この二人は全く以て対照的だった。

 一つはこの二人が双子であること――何故、同じ家に生まれて同じ名を戴いたのかは知らないが、どちらもリクオと言うのだからややこしい。ただし、双子と言ってもその容姿は似ているがはっきりとした違いがあった。片方は銀の髪に襟足を黒くした髪をさらりと靡かせ何事にも頓着の無さそうな表情を常に浮かべており、今も窓枠のところに退屈そうに寄り掛かってこちらを眺めている男。もう一人は同じ色の髪にさらさらとした腰まである髪を束ねることなく垂らした姿で、何にでも興味も持ったように近付いてくる男だった。
ぴらぴらと写真を摘まんで見せてくるのも、この好奇心旺盛な方である。窓辺にいる男を独り静かに佇む狼と評するなら、目の前の男は人好きのする大型犬とでも言うべきか。それでも、言う事やる事は想像を絶したえげつないことばかりであり、少なくとも今日初めてこの二人に接したリクオはそう思った。

「夜の、リクオ…さん、でしょ?」
「御名答、昼のリクオ。いや、影のリクオとでも呼んだ方が良いかい?」

 青白くなっていた頬に一瞬でかっと血の気が戻った。眉目秀麗だか何だか知らないが、どこへ行ってもこの二人の容姿は目立ち、噂が噂を呼んだ。ただその噂は決して麗しき優等生などではなく、どちらかと言えば不良の一言、教師さえも手を焼く程の暴れっぷりだと言うのだから性質は悪いに限る。そんな性質の悪さに拍車を掛けたのが、二人の家がこの地域でいう名家の一つであるということだった。この学校への多額の寄付さえ行う名家、所謂金持ちの御子息だと言うこと。それだけで理事長を始め教師陣はそう容易くはこの二人に口が出せないらしい。そんなこともあり、どこが良いのかリクオにはさっぱり理解できないのだが女生徒はファンクラブまで作っているというし、男子生徒は男子生徒でその勇ましさに憧れるのだと言う。

 一方、リクオと言えば、その二人とは全く逆と言って良い人間だった。品行方正、成績優秀、平凡の中の平凡、いっそ地味だと言われても当て嵌まるほどの普通の人間。一つ違うと言えば、母子家庭であり、どうやっても裕福な家庭の部類には入らないということ。そんな普通の、静かな学校生活を望んでいたリクオが注目され、皆の前へと引っ張りだされたのは偏にこの二人のせいであった。
 同じ名前だというそれだけで。からかわれるのは当たり前、勝手に比較されたり、言われの無い不当な扱いも受けたりと、とにかく迷惑を被ってきたのだ。目立つ二人は噂もあってか夜のリクオと、対して地味な自分はその対として昼のリクオと呼ばれるか、または影のリクオと呼ばれるかで。
 近付きたくなど無かった。出来ればお互い、卒業まで見知らぬ他人のままでいたかった。そんな些細な願いもこの二人の企み一つの前では脆くも崩れ去ってしまうなんて。

「……用を、……何の用か早く言って」
「そう急ぐなよ、昼のリクオ。これ、お前と鴆だろ? ん?」
「はっ…、よく出来た合成写真だね? そんなもの持ってて恥ずかしくないの?」
「合成?」

 合成などでは無いことを一番よく分かっている自分が言い放った言葉に、ふぅんと目の前の男が写真を覗く。合成、合成ねぇ。にたりと一つ笑みを浮かべて、男は言った。

「じゃあ、清継にでも確かめてもらうか」
「…………なっ…!?」
「あいつ、そういうの強そうだしなぁ」

 良いよな? と窓辺に振り向いて確認する男に、先程から表情一つ変えず遠くから良いんじゃないか、と答える男。その男たちにリクオは恐怖を抱いた。清継はこの二人と同等の裕福な家庭の生まれなのだが、リクオとは珍しく良い交友関係を保っていた。それと同時にこの二人に強い憧れを持っていることもリクオは知っていた。……故に分かる、おそらく清継はこの二人に頼まれれば、正義感も手伝って否とは言えまい。すっと冷たいものが滑り落ちる。全てがばれてしまう。終わってしまう。たった一枚の写真、されどそのたった一枚の写真に自分の人生が、いや付き合っている鴆の人生までもこの二人の手のうちに握られてしまったような気がした。ひくりと喉が震える。認めたくない。この二人には何一つ認めてやりたくない――でも認めないと止められない。止められないと全てが表に暴かれてしまう。

「…っ、……や……めて…っ、…それだけは、……やめてッッ…」
「なんだ、やっぱり本物ってことか」

 良かった良かった、と無邪気に笑う男に最後の見栄とばかりにきっと睨みつけた。こんなことをして何が面白いのだと、こんなことをして何の意味があるのだと、そう言った意味を含めて。

「…っ…お金、でも欲しいの? ボク、あんまり持ってないんだけど……?」
「残念ながら、お前と違って金には困ってねぇんだよ」
「……ッ…じゃあ」
「そんなに怯えんなよ。悪ぃことしてるみてぇだろ?」

 既に十分、その悪いことをしているというのに、その自覚が無いと言った男にリクオは戦慄を覚えた。……まるで常識なんて通じない。そう遠回しに言われているようだった。男はするりとリクオの頬を撫でる。手のひらで擦って、甲で同じく。それから輪郭を辿って、首筋を伝いきっちりと上まで締めていたシャツに指を引っ掛けた。何をするのかと困惑しながら見ていると、もう片方の男の手が襟へと伸び、両端を握ったかと思うと勢いよく左右へと力ずくで引っ張る。

「……ひっ」

 ブチブチと嫌な音がしてボタンが弾け飛ぶ。男の自分が今日初めて会った男相手にそんなことされるなど予想の範囲外で、リクオは呼吸もまともに出来ず恐怖に床へと座り込んでしまった。一体……一体、この男は何が目的だと言うのか。
 じわりと涙を浮かばせるリクオを余所に、男はリクオの側にしゃがみこむとその身体に覆いかぶさるよう圧し掛かり、手のひらを胸に滑らせた。上下に撫で擦り、かと思えば指でつ、となぞる。びく、と身体が跳ねた。その反応に男は満足したように唇を弧にする。

「家が貧乏って割にはすっげぇ綺麗な肌してんだな、お前」

 やっぱりお前にして良かった、と一人頷く男に、リクオは訳が分からず言葉を失う。何を言っているのだろか。自分にする、とは何かに選ばれたということなのだろうか。選ばれたとしてもきっと碌でも無いことだと分かってはいるが、その碌でも無いことがリクオには見当もつかなかった。

「それに反応も良さそうだし、良い匂いもする」

 くん、と首筋に鼻を寄せられ、匂いを嗅がれる。生理的に嫌だと抵抗するも、垂らしたままの長い髪がさらさらと晒された肌の上に零れ落ちてくすぐったさに思わず抵抗の手が緩んだ。

「……っ、やだ、離れて! 離れてよ…!」
「まだ何もしてねぇだろ? 味見くらいさせろよ」
「なっ……やだってば…っ、やだ、やだ…ッ!!」
「――……おい、あんま無理強いすんじゃねぇよ。パニくられでもしたら萎える」

 遠くから掛けられるその声に、犬のようにべろりと舌を伸ばした男が、ぴたりと止まり振り向いた。釣られるように同じ方向へ視線をやると、それまで窓辺で退屈そうに座り込んでいた男が、タン、と着地し、こちらへと寄ってくる。目の前の男の頭をぐい、と押しやって、今度はその新しい男が側へと膝を付き、リクオの顎を持ち上げた。

「用、って言ったよな?」
「………ッ」
「教えてやるよ。オレらはちょっとばかし、相手を探しててな」
「……相手? そこらへん歩けばよりどりみどりの君たちが、よりにもよって僕を選ぶ理由なんて無いでしょ……?」
「あぁ。女たちは特にな。だが、だからこそ今、お前みたいな相手を探すことにしたんだ」

 群がる女たちはもう飽きたからなぁ? だから、今度は男を試してみることにしたんだよ、と。そら恐ろしいことをさらりと言う。男って言っても、色々条件はあるもんだ。その中でもお前はそのほとんどを満たしていた、と。

「それに、お前は面白いことにオレたちに欠片も興味を示さねぇって話じゃねぇか」

 同じ名前、同じ姓、けれども全く逆の性質を持ち、決してこちらに近寄らない。それが一層、気に入ったと。

「お前への用は一つだけ。オレらの相手をしろ。そうだな、必要なら小遣いもやるが?」
「……ボクを買うとでも…?」
「買う? まるで買われるかどうか、お前に選択肢があるような言い分だが」
「そうだな。お前に残された選択肢はオレたちの相手をすることだけ。あぁ、でも前金欲しいなら『コレ』やるよ」

 終始、愉しそうに笑っている男が己の胸ポケットに指を差し入れた。すっ、と出されたもの、それにリクオの呼吸はひゅっ、と引き攣れる。ほらよ、とそう言って宙でバラバラと巻き散らかされるもの……それは始めに見せられた写真と同様の、様々な角度から収められた自分と鴆の情事の光景だった。カタカタとリクオの体が恐怖に震える。
 ――逃げられない、もうこの二人から逃げられない。
 これだけの証拠を自分たちは隠すことは出来やしない。それにたぶんこの写真を掻き集めたところで意味は無いのだろう。ネガはもう二人の手に渡っている。いくらだってこれと同じ写真を作ることが出来る。だから二人はこんなにも余裕に満ちている。

「しっかし、鴆も案外、楽しんでんだなぁ」
「……ッッ、君たちには関係ないでしょ…っ」
「さぁて、それはどうだか」
「……どういう、意味…?」
「あいつは元々うちのお抱え医師だしなぁ」
「え………?」

 ついでに主従の間柄と言っても良いが? その言葉にリクオはしばらく茫然とするが、ふと震えた声のままにハハ、と強がって嘲笑った。

「…そのお抱え医師が、一生徒とスキャンダル……それって君たち奴良家にも不名誉なことじゃないの?」
「だろうなぁ。だが、バラすにしても先にじじいや親父にでも言やぁ良いし、そうしたら早々に一門ごと破門にでもされるんじゃないか?」
「…………一門?」
「あいつも何だかんだ言って、良いとこの坊ちゃんだしな、責任ってのは重いだろうよ? って、なんだ、お前そんなのも知らないのか?」

 有名では無いにしろ、お前ら付き合ってるんじゃねぇのかい? そうくすり、と笑われるが、リクオの頭は急激に与えられた情報に飽和していた。分かるのは何をしても逃げ道を塞がれていることと、握られているのは自分たちだけではなくその他大勢の人生も含まれているということだ。

「……そんな、」
「ほら、そう、恐い顔すんなよ。オレたちは何もお前を苛めたくて選んだ訳じゃねぇ、気に入ったからだ。愉しませてくれりゃあ、悪いことにはしねぇよ」

 なぁ、いい加減、遊んで良いだろ? と笑みを湛える男は片割れに向かって首を傾げる。そうすれば、もう一人の男は勝手にしろ、と傍観を決め込んだのか側の壁へと凭れかかった。なら遠慮なく、と男はリクオの胸へとぺろりと舐めた食指を伸ばす。

「……んッ、…ゃっ」

 指の腹が触れるのは、胸の飾り。予想に反し、男は決して乱暴に扱うことなく、それどころか痛みさえ与えずに、羽で撫でるようそっとそこに円を描いた。リクオは小さく息を詰める。くすぐったいのと、身体が反応してしまうので。鴆によって開かれた身体は今やもうそこに触れられる気持ちよさを知っている。故に、もっと気持ち良くなる術も知っているのだ。

「へぇ、既に開発済み……ってか? さすが鴆だな」

 くく、と喉奥で嗤って、男は爪を立てて少し強めに引っ掻いた。堪らずくっと身体が反る。女みてぇ、と男は呟いてゆるりと目を細めると……唇をぺろりと舐めて湿らせる舌で、もう片方のそれに触れた。

「ひっ…ぁ…ッ」

 片方を指の腹で、もう片方を唇と舌で。優しく愛撫され、舐められ、零れる長い髪が肌を滑りするりとくすぐられ。慣れた身体と戸惑う意識、その差にリクオはくらくらと眩暈がした。

「…あ、ぁ…っ…」

 嫌なのに、抵抗したいのに。でも本当に抵抗していいのか、逃げても逃げきれるものなのか、考えれば考えるほど分からなくなる。追い詰められていく。滲む涙を隠すように腕で顔を覆うと、それに気付いた男が気に入らなそうに腕を掴んだ。

「隠すなよ。分かってんだろう? オレたちを愉しませてくれなきゃ、どうなるか」

 それにお前の泣き顔……いや、この場合、喘ぐ様って言うのか? 案外そそるしな。そう言って笑う男にあぁ、とリクオは絶望にも似た気持ちで思うのだった――…あぁ、これが地獄の始まりなのだと、確信に満ちた思いで。