寝かしつけ

 ぽん、ぽん、と心地よいであろう間隔で眠りに落ちかける子どもの背を優しく叩く。うとうととしたその顔の瞼は重そうに下りてはゆるりと上げられ、どうしても眠りたくないのかその指はぎゅうっと着物にしがみついた。それにまた、ぽん、ぽんと背を叩いてあやし、眠りを促す。時折、昼は子ども返りというか、幼児のようになるというか、とにかく甘ったれた小さな子どものように誰かと一緒に寝たがった。そして今日、ついに夜のところへと白羽の矢が当たったのだった。
甘えたの昼はとにかく駄々っ子だ。眠いくせにぐずってなかなか寝付かないし、少しくっつき過ぎた体を離そうとすればより一層強い力でしがみついてイヤイヤと言う。困ったものだ、と夜は嘆息する。

 夜には今夜に限って鴆との約束があった。守らなければ大事になるような約束ではないが、約束は約束なのだ。破るわけにもいくまい。せめて昨日か明日にしてくれれば、と夜も思いはしたが、思ったところで事態が好転するはずもなく、ただ早く寝てくれとばかりに背中をぽん、ぽん、と叩き続けていた。

「ほら、昼。眠ぃんだろ?我慢せずに寝ちまえよ」
「………ゃ、」

 本当は返事をするどころか、自分の言葉を正確に聞き取ることさえ難しいであろうに、執念深いというかなんというか。
呆れたように肩を竦める夜が竦める。すると、何を勘違いしたのか、昼はぐりぐりと夜の胸に頭を擦り寄らせてより一層距離を短くした。ふわりと甘い匂いが鼻先を掠める。子どもの匂いだ。甘ったれた子どもの。それを不快には思わないが、場合が場合だ。後々、鴆に女でも抱いてきたか? とからかわれるに違いない。全く面倒な事であるよ、と夜は溜息を吐いた。

「……なんで、お前は、そう眠るのを拒むんだい」
「だって……寝たら、よる、いなくなる」
「眠っちまったらどうせ分からねぇじゃねぇか。ほら、寝るまで付いててやるから」
「……や、……いなくなったらやだ」

 慌てて着物をひしり、と握りしめる手に、夜は柳眉を寄せる。どうやったって説得されても、離してくれそうにもない昼に頭を悩ませ、そうして出した一つの結論に、夜は分かったよ、と言って昼の頭を撫でた。

「ちゃんと傍に居る。それで良いだろ?」
「ほんとう?」
「…あぁ、本当だ、本当。だから子どもはさっさと寝な」

 ぽん、ぽん、と背中を叩いてやれば、安心したのかきつく握りしめていた指の力を緩めて、じゃあちゃんと寝る、と瞼を下ろした。ぐずっていたのが嘘みたいな程、あっけない終わりだった。子どもは単にその言葉を待っていただけなのかと、そこでようやく夜は気が付いた。安心の要素がひとつ足りなかったのだと。こんな言葉一つで満足するなど本当に子どもだねぇ、と夜は思いながらそっと昼の指へと手を伸ばした。力を緩めたと言っても、掴んだままなのは同じこと。
 一本一本引き剥がしてさっさと褥からおさらばしようという算段だ。なぁに、嘘を吐いたわけではない、朝までに――子どもが起きるまでに帰ってくれば良いだけのこと、それだけの話だ。
 そう考えての行動だったが、ここで再び溜息を洩らす。指をつつけば分かることだが、子どもの手はがっちりと着物を握っていたのである。無理に剥そうとすれば小さく身動ぎをして、浅い眠りから目覚めそうと言ったところ。

(まいったな…)

 せっかく駄々を捏ねる子どもを眠らせたというのに、これでは全て水の泡ではないか。弱った、とどうにか出来ぬか、とひとり云々唸って最終手段とも言うべき考えが浮かび上がった。こうなれば背に腹は代えられぬも同じ。子どもの指をいじっていた自らの手を自分の腰、背へと下ろし、夜はしゅるりと小さく音を立て腰帯を解いた。しょうがない、この着物は諦めよう。そろりと着物を上手く脱ぎ捨てて子どもの腕にぬいぐるみよろしく、着物を残し、夜は襦袢のままに布団から抜け出したのだった。