夜と鴆

『――君は昼の世界の美しさを知らなくて、それなのに触れることを赦してあげられなくて……』

「――だから昼のお前は、ごめん、と?」
「あぁ」

 綺麗な月を肴に縁側で鴆と月見酒と洒落込みながら、口火を切るようにそんな言葉を呟いた。夢現の世界、何を思ってかあの子どもは逢って早々暗い顔をしていて、月も太陽も照らさぬ世界を申し訳なさそうに見つめていた。そうして、黙って黙って、ようやっと口を開いたかと思えば先程の言葉なのである。昼の世界の美しさを教えてやれなくてごめん、こんな世界にずっと閉じ込めてごめん、君の四分の三を奪ってごめん、ごめんごめんごめん……。ぽろぽろと涙を零して、気にしなくても良いような事ばかり気にして、その子どもを慰めるのに手を焼いたのは言うまでもない。

「――……まぁ、分からなくもねぇけどなぁ。確かにてめぇが認められない理由の一つでもあるしよ」
「はぁ……揃いも揃って全く何言ってんだか。鴆、あれはただの阿呆に決まってるだろ」
「阿呆? ……昼贔屓のお前にとっちゃ珍しい物言いだな、オイ」
「あれは阿呆だ。オレは昼の言う通り、真昼の太陽の美しさというものを知らねぇが、」

 あいつはあいつで夜の月の美しさを、夜という世界の美しさを知りはしない。夜の静かな情緒も、柔らかく照らしつける月の明るさも、夜だからこそ騒がしく上がる妖怪たちの熱も、暗闇を仄かに揺蕩う鬼火の美しさも、それこそ輪郭ばかりを分かったつもりで何もかも。特に奴良リクオ、良い奴と名高い子どもは夜更かしもしなければ、夜闇の中を歩き回ることもしたことねぇだろうからなぁ。そう夜のリクオは紅い目をゆるりと眇める。

「あいつがオレの真昼を奪ってんなら、オレはあいつの夜闇を奪ってんのさ」

 だから、あいつは阿呆だ。奪うことばかりに目を向けて、奪われてることにちっとも気付いてないのだから。
 そう夜のリクオは呆れを表すも思いは別の場所にあった。唐突にそんなことを思い詰める子どもでもないことを自分は百も承知している。だからこそ、その暗黙の了解の下、わざわざ口にするなんて誰かに何かを唆されたとしか思えなかった。もちろん、側近たちがそんな軽はずみな事を言うはずもなく、一方で馴染みない本家外の妖怪の一挙一動に心動かされるほど子どもは柔でもない。ならば答えは一つだけ、と容易に辿り着いたのがココなのだ。近くも強く、慕い信頼していた者の何気ない一言。それに過敏に反応した結果……即ち、ずけずけと婉曲の無い義兄弟、鴆の物言いがどこかであの子どもの琴線に引っ掛かったのだ。もちろんその割り切った考え方は自分とて、とても好ましく感じている。けれども時には柔らかい幼子の傷を抉ることだってあるのだ。それが喩え無意識であろうと、思うだにするところではなかろうと自分にとっては罪の一つ、そう思っただけに過ぎない。意趣返しの如く、そっと鼻で嗤うと夜のリクオは白々しく言った。

「――全く、一体誰が余計なこと吹き込んでくれたんだかねぇ」

 はぁ、と溜め息を吐いて、ついでにちらりと見た先で鴆が僅かに固くなっているのには気付かぬ振りをしてやった。