○○しないと出られない部屋-1

目が覚めて、真っ白な空間が目に入った瞬間、レイフロは舌打ちをした。

「あのクソったれ悪魔め……」

白、白、白。どこまでも白く統一された、ベッドとサイドテーブル以外何もない、清潔さよりもただただ不気味さを感じさせる白い部屋の中をぐるりと見回し、再度舌打ちをする。間違いない。過去、何度も訪れたことのある『例の部屋』だ。壁には扉一つ無い無機質な白い箱の中で、呆れたように溜息を溢す。相も変わらず嫌な悪魔である。真っ白な部屋に似合わぬ、唯一色味を持つそれに眉を寄せ、口端を曲げた。サイドテーブルの上に置かれた異色のそれ。ガラスで出来た無駄に洒落た形の小瓶。実にあの悪魔が好みそうな優美さだ、と皮肉げにそんなことを思いながらどぎついピンク色の液体が入ったそれを持ち上げ、考える。
――飲むか、飲まないか。
答えなんて決まりきっているのにココに来る度、一度は真剣に考えてしまう。考えたってこれから起こることに変わりがあるわけでもないのに。
コレを見なかったことにして、どうにか脱出できないかと試行錯誤していた大昔が懐かしいものだ。あの頃は若かった。あの悪魔の狡猾さを理解していなかったとも言う。結局、何度繰り返しても答えは何ひとつ変わらず、同じ結果を迎えるだけだと学び、ならばさっさと済ませた方が効率的だと諦めるようになったのはいつ頃だっただろうか。そういう風に作られているのだ。いや、そのために存在している、が正解か。ココは悪魔の見世物小屋――レイフロを貶め、穢し、辱しめ、絶望させるためだけに作られた部屋なのだから。
そしてコレもまた。

「……今回は一本か」

いつもならもっと数が置いてあるか大きめの瓶だというのに。この小ささで数もひとつだというと逆に気味が悪くなってくる。悪魔のやることに理由はなくとも意味がないことはない。つまりこの一本でいつものような効力を宿しているのか、そうでなければ何か別の意図が込められているのか。

「考えても仕方ないな……」

悪魔の考えなど人には及ばない。喩え辿り着いたとしてもこの部屋にいる限り、回避する術などないのだ。蓋を開け、一気に煽る。大した匂いがするわけでもないのに、やけに甘ったるいそれは喉へとへばりつきながら胃の腑へと落ち、じんわりと熱を持つ。効果が出るまで三十分と言ったところか。小瓶を投げ捨て、ベッドから降りる。動けるうちに動いておいた方が良い。そのうち動けるどころか理性さえも飛んでしまうのだから――あの媚薬は。

「さっさと開けやがれ、クソ野郎」

レイフロの苛立った声に応えるよう壁の一部が音もなく切り取られ、扉が造り上げられる。あの媚薬と言い、この部屋と言い、悪魔の造る空間は何でも有りだ。
現れた扉のハンドルを掴み、握り締める。この先に何が待っているのか。何度も経験したのだから分かることだ。触手か? 玩具か? 知らない男達か? 何が待ち構えていようと結果は同じなのだと頭では分かっていたとしても、それでもいくら経験しようと、腹を括ろうと、この瞬間だけは慣れることはない。ギリ、と歯噛みする。あの悪魔にとってこんな些細な躊躇いや抵抗さえも愉しいショーに過ぎないのだろう。全くもって腹立たしいことだ。覚悟したように一度固く目を瞑り、扉を開く。続く白い部屋。同じようにベッドとサイドテーブルだけが配置されただけのその部屋で。真っ白なベッドの上で呆然と座り込むクリスを前に、ようやくレイフロはあの悪魔にまんまと嵌められたことに気付いた。

 
*****
 

――最悪だ。
まさかあの悪魔がこの部屋の相手にクリスを選ぶなんて。
これまで一度も出てこなかった選択肢に、半ば自分もそういうものだと思い込んでいた。クリスはレイフロの愛し子だ。子供の姿をした幻術相手の忌避感ならともかく、本物のクリスをこの部屋に連れてくる選択肢などあの悪魔にとって利なることなど何ひとつないと思っていたのだ。ココの目的はただひとつ。レイフロを堕落させ、その精神を犯し尽くすこと。故にこれまでは極度に親しい者を作ることをしてこなかった。それがこの部屋で牙を剥くということを嫌と言うほど知っているからだ。逆にこれまで隠し通し、今ではパートナーとして共にいるクリスはむしろ悪魔から隠そうともバレるのは時間の問題であり、……喩えバレたとしても少なくともこの部屋に呼ぶ意味はもはやないことだと思っていたのだ。
――それがこの様だ。
これまでとは明らかに違う状況に混乱する。いつもとは違う一本だけの小瓶。連れてこられたクリス。ただのミスか? あの用意周到な悪魔が? そんなわけないと頭では分かっているのに、感情がそんな奇跡を信じたくて堪らない。酷く嫌な予感がする。あの悪魔は一体何を考えている。
(……何だって良い)
さっさとこの部屋から出れば終わることだ。セックスをして、セックスをして、セックスをして。理性と意識を失うまでセックスをする。ただそれだけのこと。それで全ては終わる話だ。

「……チェリー、よく聞け。ここはあの悪趣味でクソったれな悪魔が時間と手間を掛けてわざわざ造った空間でな……まぁその、セックスをする…と言うか、ここにいる奴が俺を抱かないと外には出られない仕組みになっている」
「…………っ、」

端的に言えばそういうことだ。こんなところで、しかも悪魔の監視下で童貞を手放さなければならないクリスには心底同情するしかないのだが、その気になってもらわなければ困る。ならないのなら、そうなるようレイフロから強要しなければならない。そういう意味では悪魔の嫌がらせは大分効いていると言って良いだろう。

「だから悪いが……チェリー?」

抱いてくれ、と乞うために伸ばした手を避けるよう、クリスがずり、と後ずさりをした。怯えているようにも、興奮しているようにも見える瞳の揺らぎに違和感を感じ、ふと気付く。真っ白な部屋の中で唯一彩色を放つクリスに目を奪われていたが、この部屋にはなかっただろうか――あの、小瓶に入れられた媚薬が。
急いで視線を巡らせ、瓶を探す。無ければ良い。あっても中身が入ったままなら。
慎重なクリスがそう易々とあんな液体を飲み込むはずがないと思いながらも、まさかという考えが消えない。クリスの手の中、サイドテーブル、床、シーツの上、ベッド周辺――。次々と目を移し、やがてその先に、ころりと転がる透明な小瓶と、その中にうっすらと残るピンクの液体が目に映る。何故、どうして。いや、そんなことはどうでも良い。クリスはいつ頃この部屋に来た? これを飲んでどのくらい時間が経っている? おそらくそう時間はない。せめて説明だけでもしておきたい。あの薬は理性は飛ぶくせに記憶はひとつたりとも飛ばない厄介な代物なのだ。喩えどうすることも出来ない状況だったとしても、同意も何もなく理性の飛んだ自分がレイフロを犯したという記憶はクリスを深く傷付けるだろう。

「チェリー、お前あの瓶に入ったピンクの液体を飲んだだろ? あれはおそらく媚薬だ。直に理性も飛ぶくらい、強いやつで……」
「……マスター…」
「そう、俺だ。まだちゃんと分かるな」
「は、い」

引け腰だった身体が、相手をレイフロだと自認した途端ゆっくりと近付いてくる。頬を撫で、目を合わせてやれば、まだ辛うじて理性の灯るそれに知らず安堵の息が漏れる。

「端的に言う。俺を抱き潰せ、チェリー。ここはそういう部屋だ。気にすることはない。どうせ俺もお前もすぐに理性が飛ぶだろうし、お前には悪いと思ってる、け、ど……チェリー?」
「…マス、ター……」
「こ、こら、しっかりしろ! もう少しだけ話を……ッ」

聞いてくれ。説明させてくれ。大事なことだから、と。そう口にする前に、身体を押し付け、腰を擦り寄せていたクリスがビクンと大きく跳ねる。まるでレイフロの大声に、急に我に返り、冷や水を浴びたかのようにさっと血の気を失い。そして小さな悲鳴と共に隅の方へと逃げ惑うと怯えたように小さくなる。ちがう、ちがうと首を振って。

「ッ…、…ちがう、……ちがう、わたし、は、ちがう、ちがう、ちがう……っ」
「チェリー……っ、? なに、を……」

とにかく落ち着かせようと腕を伸ばした刹那、飛び散る赤。生々しい血。服を、否、皮膚を、腹を、自身の肉を、己の手でクリスが鋭く切り裂いた。何だ。何が起こってる。普段の理知的なクリスとは遠く掛け離れた、完全にパニック状態の姿に息が止まる。
――理性を失うということは感情がそのまま剥き出しにされるということだ。
加減も何もなくただ感情のままに自傷し続けようとする腕を反射的に掴み取り、馬鹿に強いそれを無理やりにでも押さえつける。

「チェリー……!!」
「………ッ、」

さすがにレイフロの大声で身が竦んだのか。腕の力は見る間に抜けていき、へたり込んでしまう。幸い、傷が付いても超回復が効くのがこの空間だ。クリスの傷も、こうして傷付けさせなければ直ぐに元通りの肌へと戻っていく。だからまだ問題ないと思ったのだ。そう、服以外なら全て元通りになるのだから。ヴァンパイアの身体なのだから、と。
ならば、これは。目の前のこれは、どう説明する。

「チェリー……これは、どうした」

戻る、はずだ。切り裂かれた傷も、掴んだ腕の痣もあっという間に元の皮膚へと戻ったのだから。超回復に問題はないと言っているようなものなのだから。ならばこれは一体なんだと言うのだ。

「っ、………これ、…は」

その瞬間、全ての選択肢を間違えた、と理解する。クリスをこの部屋に連れてきたのが悪魔のミスだと? 嗤わせる。そんなわけがない。あの狡猾で卑劣な悪魔はレイフロが最も苛むものをこの部屋に用意したのだ。――性器だけを女のものに付け替えたクリス自身を。
クリスがパニックになるのも当然だった。気付けば知らない場所、狂いたくなるほどの真っ白な部屋の中にひとり閉じ込められ、体を弄られ、媚薬まで摂取していて。その状態で唯一助けを求められる相手が現れたにも関わらず余裕のない、荒げた声を出されればいくら理性的なクリスでも感情を溢れ出さずにはいられなかっただろう。訳の分からないものを付け替えられた体を躊躇なく傷付けるくらいには。

「……チェリー、」
「ちが、ちがう、んです…わたし、は、…っ、た、だ……ッ」

未だ混乱の最中にあるクリスはしばらく収まりそうになく、仕方がなしにレイフロはクリスの目前でそっと手のひらを掲げる。ひとつは静かに、と指示を出すために。そして、もうひとつはお前を傷付ける意図は無いと示すために。

「……チェリー、まずは俺に謝らせてくれ。そして出来ることならお前の頬に触れる赦しを」

突然の行動に、クリスは不安げながらもぴたりと口を閉じる。どうやら叱られているのではないと雰囲気だけでも理解したのか、困惑しながらも大人しく指示に従う。まずはそれで十分だ。触れても? と問い、微かながらに頷いたのを確認して、指先だけで頬に触れる。ぴくり、と肩が跳ねた。しかしそれ以上の反応もないため、触れた先からゆっくりと頬を撫でると、クリスが少しだけ安堵したように息を吐く。

「……大声を出して悪かったな、チェリー」
「……なまえ、」
「……ここはあの悪魔が造った部屋なんだ。だから大切なお前の名だけでも隠しておきたい。ごめんな。分かってくれ、俺の可愛い子」
「あくま……ほんとうに…? ここは…ベリアルがつくった、へや…なん、ですか……?」
「……? そうだ。だから教えてくれ。お前はココに来て俺が来るまで、何をしていた?」

何を、という言葉にクリスの背がぴくりと震える。どうやら何も無かったということは無いらしい。それもそうだ。そうでなければ媚薬を口にしたことと言い、普段のクリスらしからぬ行動に説明がつかない。あの悪魔は一体どうやってクリスを追い詰めた? 一体何を考えていやがる……。

「…わた、し、が、わるいんです…すみませ、ん、マスター…わたし、が……」
「謝らなくていい。俺は怒ってない。だから傷付けるのをやめるんだ」

意識的にか、無意識的にか、爪を立て、自分の手を傷付けるクリスの手を取り、その血を舐める。味も香りも申し分ない。いつものクリスそのものだ。……つまりこれは幻影などではないということ。いっそ幻であればどんなに良かったか。そう思いつつも、落ち着かないクリスにどうせ傷付けるのなら俺の手にしておけと頬を撫で擦ると、クリスは擦り寄りながらも泣きそうな顔をした。

「…でも、わたしが、がまん、できなかった、から……いたみ、くらい…たえるべき、だった、の、に……」

そう言いながらも、痛みという言葉に実際のそれを思い出したのかぶるりと大きく体が震え。浅くなる呼吸のまま、取られていない方の手がそっと腹を押さえる。

「いたみを、とる、と……くるしいなら、あのえきたいを、のめ、と……こえ、が…きこえ、て……それ、で……っ」
「……あぁ、もういい。よく話してくれたなチェリー…もう、大丈夫だ…お前はよく耐えた。もう思い出さなくていいから」

だから大丈夫だと。またいつ爪を立てるか分からない手をやんわりと握り直し、そのまま腹へと口付けを落とす。固まりかけの血を舐め取りながら、もう痛くないのか? と問えばン……、と短い応えの後にふるりと腰が震えた。
(痛みが悦楽に、か……?)
始めはクリスも耐えていたはずだ。だが、いつ終わるとも分からない痛みに心が折れた。そういうことだろう。……あのクリスが折れるほどのものなのだ。そう生ぬるいものでもあるまい。そして甘言は奴の十八番だ。媚薬を飲ませるだけならまだしも、下手をすればクリスも気が付かぬうちに理不尽な契約を結ばされている可能性もある。不味いな、とぼんやりと考え、次の手を思いあぐねていると、クリスが恐る恐るといったように声を掛けてきた。

「……あの、…マス、ター……」
「…………? なんだ?」
「その…それ、いじょうは…、……その…、っ」
「……ッ! 悪い……ぼーっとして、……ッッ」

パチンと意識が弾けたように。顔を上げ、反射的に鼻先から口元を覆う。今、俺は何をしようとしていた……?
ふわりと脳をとろかす程の甘い匂いが鼻先へと漂い、口の中に唾液が溜まっていく。待て、俺は血を舐め取るのをいいことにクリスのものも舐めようとしていなかったか……? 思い起こすだけでも想像で理性が揺れ、止めなければ良かったと後悔する。違う、何を考えている。不味い、不味い、不味い。自分の考えなのにぞっとする。クリスの女性器に嫌悪を抱くどころか、欲情している。それも抗えないくらいに強く、執拗に。
なんだこれは。
異性相手には反応しない身体だと言うのに。いや、分かってる。クリスは男だ。男なのにそこだけを入れ替えられた。だから反応すること自体は問題じゃない。どうせセックスをするのだ。萎えるよりマシだろう。だが、セックスをするというならば俺がクリスに挿れる側なのか……? それならばどちらの穴に挿れると言う……? 唐突に湧いた疑問に、雄の本能がごくりと唾を呑み込む。

「マス、ター……? その、…はら、は…もう、いたくない、んです、…けど……でも、じんじん、する、というか…ちくちく、すると、いうか…かゆい、という、か……」

だからあまりさわられると、その……。そう言って耐えようとしつつも耐えきれず、僅かに腰をくねらせるクリスの姿に更に背が押される。ほら、見ろ。ナカが疼いて仕方がないメスにナニをしてやるのが正解だ?
(……さすがに考えて良いことと、悪いことがある…)
ギリギリのところで微かに残った倫理が足止めする。ふざけるな、と。子でも孕んだらどうするんだ、と。あの悪魔は同族をやたらと欲しがっているのだ。クリスの胎で作ろうとしていても可笑しくない。故にクリスの女性器にそれだけの機能があるのか、どれほど成熟しているのか、そもそもレイフロの精を受け止めきれるのか、避妊具も無い状態で、何も分からずやれるわけがないのだ。
……そう思うのに。もし、この部屋から出る条件が『それ』だったらどうするんだ、と。わざわざクリスの体を造り替えた悪魔が後ろでやって満足するものか、と。頭の隅で考えてしまう。その選択が本当に正解なのか、と。

「…それ、で…マスター、…その、せっくす、…なん、ですけど……」
「……あぁ…さすがにその身体で俺を抱くってのは無理だろうから、俺がお前を抱くってことにはなるんだろうが……」
「…なら、うしろ、で……そのほう、が…いいです、よね……?」
「まぁ…そう、だ、な……」

そう、それが安全牌だ。クリスの言う通りだ。それで部屋から出られたとしたらリスクは最も低くなる上、クリスにとってもそちらの方が慣れてる分、負担も少ない。――だが、それはあくまで出られたら、の話である。やるだけやって、なのに条件に値せず出られなければ、今度はそれが一番リスクの高いものへと変わることを忘れてはならない。

「ん…………っ、」

どうする、と考えているうちに、ひくりとクリスが身を捩る。熱に浮かされつつある瞳が彷徨い、レイフロの手を見つめたかと思うとそっと手を取り、追い縋るように頬擦りをしてくる。いつの間にかしっとりと汗の浮かんだ肌。それが手に吸い付くようにしっとりなじんで。そうやってゆるゆると頬擦りを繰り返し、甘えていたかと思えば、ふと思い付いたように口を開いて牙を伸ばす。

「――ッ、」
「…………? ……ァ、…っ、…もうし、わけ…ありませっ…」

思わぬ痛みに息を詰めるレイフロに、ようやく無意識に噛みついていたことに気付いたクリスが慌てて口を離す。

「…いい。気が紛れるなら噛んでろ。どうせ体力も使うしな、ちょうどいい」

そう言って溢れ出る血を口元に近付け、牙に引っ掛ける。僅かな抵抗。――けれども結局は血の匂いに充てられたのか、とろりと瞳を溶かし、夢中になって舐め啜るその姿に、レイフロも確信せざるを得ない。おそらくクリスは限界だ。すり、と膝を擦り寄せる姿に眉を寄せる。
――もし、後ろでやって……やるだけやって、それでも部屋から出られなかった場合、クリスの自我は果たして持つだろうか。
今の時点でも相当耐えているはずだ。少なくとも『あのクリス』が澄ますことも出来ず何かで気を紛らわしていなければならない程に。そうやって触れてほしい場所に触れてもらえない地獄はレイフロもよく知っているから。だからこそ、その苦しみを助長させることは悪魔にとっても思う壺ではないだろうか、と考えてしまうのだ。それに……。
(あの悪魔は同族を増やすことを求めてはいても、俺の血筋の子を増やすことは求めていない……)
あくまで想像のうちのひとつだ。だが、もし違うとすれば、なぜレイフロ達を同性相手にしか反応しない身体にした? なぜアルフォードを作る時、わざわざレイフェルの卵子を使った? 同族を増やしたいのならなぜバリーにレイフロの精子を適当な女達の胎にバラ蒔かせなかった? 考え出せば、全てそういうことになるのではないか。
(全部、詭弁だ……)
……そう、これは詭弁だ。クリスを女として抱くための、都合良い言い訳。仕方がなかったと言うための戯れ言だ。
(ならば、どうする……)
答えはとっくに出ているというのに。悩んだふりをして、最後の一歩が踏み出せない。時間なんて然程、残されてはいないと言うのに。傷付けたくないなんていう綺麗事をつい考えてしまう。内心、これから犯し尽くせると生唾を呑み込んで今か今かと待ち望んでいるくせに。何ならこのまま孕ませてしまえと考えてるくせに。甘ったるい匂いがさっさと言ってしまえと理性を揺さぶる。御為ごかしは得意だろう、と。

「…………チェリー、」

そうだ、言ってしまえ。お前のためだと言いくるめて、さも仕方がないとでも言うように宥めて、信じ込ませて、優しい男のふりをして、そして――

「……ぁ、……うしろ……むいた、ほうが、いい、です…よね……?」
「……? その方が楽ならそれでもいいが、」
「、…そう、ではなく……ますたー、は……おんなの、これは、いや、でしょう……?」
「――……ハ?」

つらつらと言い訳ばかりを考えていた。丸め込む算段をいくつも考えて、それで――それがたった一言で、全て吹き飛ぶ。
女の性器コレは嫌……? こちらがどれほど堪えているのかも知らず……? ……いや、待て。あぁ、そうだ。クリスはレイフロの身体が女を忌避することを知っている。一部とは言え女の身にすげ替えられたのだ。そこを不安視しても可笑しくないだろう。あぁ、分かってる。分かってる。分かってるとも! だが、それでもだ! 詭弁に詭弁を重ね、考え込んでいたことが急に馬鹿らしくなり、腹立たしくなってくる。こちらはお前の身とリスクを案じていたというのに、当の本人はレイフロが己の身に欲情するかどうかを思案していたなんて。なんて、なんて馬鹿らしい――人の気も知らないで。ぐらぐらと揺れ動いていた軸が完全に傾き、僅かながらに残っていた倫理が踏みにじられる。

「……気が変わった」

クリスを仰向けに押し倒し、逃げられないよう縫い止める。布切れになりかけのそれを脱がせながら、ゆるりと目を細めた。そう思うのならその身をもって確かめてみると良い、と。