n×ケイスケ(R-18)

血を見て興奮した。それだけだったはずだ。
この異様とも言える状況をどろどろに溶けた頭でケイスケは考える。どうしてこうなったんだっけ…。
ひくりと小さな孔が震える。ピンと爪先が宙に伸びた。……限界はすぐそこまで来ていた──。

 

******

 

──それはケイスケの一言から始まったように思う。

「……ごめん、ちょっと俺、あっちで休んできてもいい?」

相変わらず減りもしない旧ENEDの追っ手を巻き、ようやく人心地ついた矢先のことだった。ケイスケはそわそわと落ち着かない様子で向こう側にある廃れた民家を指差した。

「…どうした、具合でも悪いのか?」

ぜぇぜぇと軽く肩を上下しながらも少し心配そうな顔つきで訊ねるアキラにケイスケはいや、まぁ、うん…えっと、正確には違うんだけど…と苦しい言い訳を続ける。確かに具合は悪い。悪いのだが、気持ち悪いとか吐き気がするとかではなく、むしろもっとやむにやまれぬ事情なのである。

「怪我でもしたのか?」

アキラとは違いこちらはけろりとした、普段通りのあまり表情のない顔でnがじっとケイスケを見つめた。

「いや怪我……ではないんだけど、ちょっと休みたいというか…ひとりになりたいと言うか……」
「いや、具合が悪いんならひとりじゃ危ないだろ」

要領悪く、しどろもどろと答えるケイスケにアキラが訝しげに眉を顰める。不味い。説得するための言葉が全然浮かんでこない……このままでは本当の理由がバレてしまう。うぅ、と小さく唸るケイスケを更に怪しぶみ、アキラは掌をケイスケの額にくっつけた。

「熱、少しあるか?」

いや、動いたあとだから変わらないか? 触って測ってみたものの、よく分からないと言った表情を浮かべるアキラに対し、ケイスケはそれどころではなかった。まるで電流が走ったように小さく飛び跳ね、ほぼ反射的に後ずさる。

「…ケイスケ?」
「ご、ご、ごっ、ゴメンっ! 十分したら戻るから…!」

だからそれまではひとりにさせて…! そう最後は悲鳴のように叫びながら民家の方へと走り出したケイスケに、驚きつつもその後を追おうとしたアキラを止めたのは他でもないnだった。

「n?」
「たぶん、興奮してる」
「興奮?」

こくり、と頷くnにそれは大丈夫なのかとアキラが問えば、攻撃性のあるものじゃないとnは返す。

「攻撃性もないのに興奮って何なんだよ」
「……? 興奮は興奮だ」

逆によく分からないと言った顔でnが首を傾げた。埒が明かない。アキラは再びケイスケを追おうと足を踏み出す。が、やはりその手首を掴み、アキラの足を止めさせるのはnだった。

「……n」
「アキラは行かない方が良い」
「……なぜ」
「ケイスケが望まない」

訥々と口にされる言葉にアキラはいまいち腑に落ちない顔をする。とは言え、 確かにアキラが触れてケイスケの様子がおかしくなったのも事実なのだ。ならどうするんだ、放っておくのか? と返せば少し考えた後、nはくるりと踵を返した。

「……俺が見てくる」

──それこそケイスケの望まぬ配慮とも知らず。

熱い。苦しい。ぐるぐると行き場のない熱を噛みしめながら、ケイスケは乱暴なくらいにごしごしと己のそれを擦っていた。どうしよう。集中出来ない。屹立は既に痛いほど膨らみきっているのに、nかアキラ、どちらかがあの扉を開け、声を掛けてくるのではないかと思うと怯えが先に来てイくにイけないのだ。
半泣きになりながらもケイスケは自分が興奮している理由を理解していた。血だ。血を見て興奮したのだ。普段なら青ざめてしまうような赤い血が、今日に限って異様に興奮した。温かくてとろりとしていて。まるでラインを使って殺しまわっていたあの頃の感覚に戻ったような気がした。視力も聴覚も、嗅覚でさえ敏感で、体が軽くどのようにでも動けるような気がした。血のにおいとアキラのにおい。鋭敏となった感覚の中で、理性だけは飛びもせず冷静なままで──体だけが馬鹿みたいに血とアキラに高揚した。

「……はっ…、ぁ…」

ぐちゅり、と水音が響く。もう何度目だろう。もう少しなのに、そのもう少しがちっともやってこない。先走りを塗り込みながらケイスケは唇を噛みしめる。早く出さないと。早く終えないと。そう焦る気持ちが余計に最後の一歩を遠ざけた。

「ふ、…ぅ、…っ」

ぎゅっと目を閉じ、アキラを想像する。アキラのにおいを、その手の温度を。──なのに良いところで邪魔をされる。また血に興奮したのか、と頬を引き攣らせるアキラの表情が瞼の裏を占める。違う、そうじゃない、そうじゃなくて。
上手くいかなすぎて涙が出てくる。どうして俺はいつもこんなに要領が悪いんだろう。スンと鼻をすする。ぽたり、と涙が溢れ落ちた。拭おうとして、瞼を上げ……そこでようやく自分に落ちる影に気が付く。

「…ぇ、…ひっ…!…っ……ナ、n…っ!?」

音も立てず、いや、入ってきたことにさえ気付かなかったのか……? とにかく目の前にはいつの間にやらnが立っており、静かにこちらを見つめていた。……もはや悲鳴さえ上げられないホラーである。しかも今の自分のあられもない姿を思い出し羞恥と申し訳なさに死にたくなる始末だ。

「な、な、なん…でっ」

はくはくと口を開閉させるも上手く言葉が出てこない。もう十分経ってしまったのか。それともやはり不審に思って…? nが? なんで。もういやだ、なんでこんな…っ。混乱するケイスケを余所に覗き込んだnがそっとケイスケの頬を撫でる。

「──辛いのか」
「……ぇ?」

頬を撫でていた手が涙の痕を辿り、目じりへと辿り着く。

「辛いんだろう。……吐き出さないと、ずっとそのままだ」
「…っ、…ぇ、なに、…なに、言って…」

青い目がちらちらと紫に変わる。不思議な色の虹彩。それに引き込まれているうちに、自分とそう大して変わらない大きさの、少しだけ温度の低い掌がケイスケの目を覆い、体ごと後ろ側へと引き寄せられる。じわりと背中から他人の感触が伝わってきた。抱き込まれてる。そう思ったのは一瞬で、次の瞬間には屹立に添えていた己の手を包むようにnの手が重ねられていた。

「…な…っ…なにっ、…なんで…っ、やっ……や、め…っ…!」

離せ、と言うように体を捩ってもn相手に抱き込まれた身でそうそう暴れることなど出来ず。先程まで自分でやっていたような乱暴さなど欠片もなく、nはゆっくりとケイスケの反応を観察するよう萎えかけたそれを擦り上げた。

「…ふ、…っ、ぅ…ぁっ…」

自分の手がnの手に促され少しだけ傾斜の緩くなった幹を上下する。反応はすぐだった。じわりと血液が集まるのを感じる。結局のところ、嫌だ離せと口にしても与えられる容赦ない刺激に体は正直なのだ。血が集まり出し硬度を増して熱くなっていくそれと、手の甲に感じる少し低い熱。全く逆の温度なのに挟み込まれた手は爛れそうなくらいに熱かった。そしてその感覚に惑わされたようにとろとろと先走りが溢れ出す。まるでもっともっととせがむようにだらしなく雫を垂らす小さな孔がひくひくと物欲しげにひくつくのが嫌でも分かった。

「……あ…ッ 、…ゃ… っ!」
「──ここが、いいのか」

びくんっと反応した先、nの指先が亀頭とくびれを撫で回す。自分でも滅多に触らぬ弱いところ。そこを遠慮なく探り当てられ、ガクガクと腰が震えた。

「ゃっ…そ、こ…っ…ふ、……つ、よ…っ」

体が仰け反る。ギリギリと食いしばった口端から唾液が伝い落ちる。刺激が強すぎる。目を覆うnの手を引っ掻くも全然力が入っていないのか露ほどにも通じず、快感ばかりが追い詰められていく。血管の浮き出た屹立から先走りがいやらしく糸を引いた。熱で頭がどろどろに溶けていく。なのに強すぎる刺激が最後の最後に邪魔をする。感じているのにイくにイけない。苦しくて切ない。イきたくてイきたくて苦しくて、とうとうぐじゅぐじゅと音を立て自分の手で追い立て始めるも、それでもまだイけない。

「やっ…ぁ、…も、手…はな、し…っ」

苦しい、苦しい。もはや自分がどんな痴態を晒しているのかどうでも良かった。ただ達してしまいたい、射精したいとそのことだけが頭の中を占める。高ぶりはいっそ惨めなほど勃ち上がり、熱を持っていて……しかしふいに変わった周囲のにおいに、びくりとケイスケの手は止まった。

「──…なぁ、n……やっぱケイスケ、どこか具合悪いん、じゃ…、」

ゆっくりと控えめに押し開かれる扉…息を呑み、言葉を切るアキラの声。ひくりと喉が震えた。うそだ、そんな。いやいやと体を捩り、逃げ出そうとする。しかしそんなケイスケをまるで聞き分けのない、ぐずる赤子の手を捻るようにnは簡単に抑え込み、ゆるゆるとカリを撫で擦り、あやす。そしてもう片方の手は目隠しをやめ、今度は瞼でなく口元を覆った。

「う、… ぅ、ぅ…ッ」
「──アキラ」
「え…、ぁ……悪い、…その、覗く気は…、」

名を呼ばれ、ハッと我に返ったアキラは、珍しくもその視線を惑わせる。その姿は普段なら十分驚きに値する表情だった。だが、今のケイスケにそんな余裕など一ミリも残されていなくて。
ぐつぐつと煮えきった思考がnに与えられる快楽と……強制的に吸わされるアキラのにおいに染め上げられる。ケイスケはもがいた。今のケイスケにアキラのにおいはセックスドラッグなんかよりずっと質の悪い代物だからだ。だが、いくらもがき、爪を立てようともnの手は離れず、むしろもがけばもがくほど呼吸が荒くなり、においを吸わざるを得なくなる。

「ぅ、…ぶ……ぅっ、う…」
「おい、n…何して……」

さすがに口を塞ぐのは可笑しいと思ったのだろう。アキラがこちらへと歩を進める。しかしケイスケには逆効果だった。体がびくんっと跳ね、呼吸が速くなる。頭がおかしくなりそうだった。アキラが近寄るごとにアキラのにおいが強くなる。だめだ…。じわじわと頭が痺れ、思考がとける。もがく手足に力が入らなくなる。ぶるぶると体が戦いた。ぷしゅっと潮のような先走りが漏れ、無意識に揺れ始めた腰が止まらなくなる。もっともっとと言うようにnに体を擦り付け始める姿は、まるで発情したメス猫のようだった。だめ、だ……。口内にじゅわりと唾液が溢れる。だめだ、だめ…、…もう………理性が飛んでしまう……。アキラのにおいに 、酔う──。

「…ケイスケ……?」

浅くなった呼吸で、ぐったりと眼を閉じるケイスケにアキラが手を伸ばす。そうすればゆるゆると瞼が持ち上がり、茶色の目が覗いた。 ちらちらと金の虹彩が散る、焦点を失った目が。

「興奮してるだけだ」
「興奮って…」

さすがに窒息させる気はないのかケイスケが大人しくなるとnは口を塞ぐのをやめ、唇を押し上げ呼吸を促した。開かれた唇から飲み切れない涎がぽたぽたと顎を伝い落ちる。虚ろなケイスケの目がぼんやりとアキラを見つめた。

「… っ……ァキ、ラ…ぁ…」
「ケイ、スケ…?」

すっかりとろけ、欲情した目。その中に残る微かな理性さえも、再びケイスケのものをしごき出したnの手が、跡形もなく消し去る。

「…っ、ふぁ…… ぁ、あ…っ」

頭がゆだる。いいにおいがする。アキラのいいにおいが。欲しかったそれがそこにある。

「──慰めてもらうといい」

nは抉じ開けた唇から舌を引っ張り出し、涎を拭う。感情の薄い平坦な声が今だけは悪魔の囁きのようにあまく聞こえた。くらくらと酩酊したまま、唆されるまま、ケイスケは己を覗き込むアキラを引っ張り、貪るように口付ける。血が沸騰するようだった。熱い咥内に舌が溶けそうになる。

「ま、ケ 、……っ…スケ……ッ」
「ぁっ、は……あ、ぁ… っ、…」

唾液に濡れた舌を擦り付け、味わい、舐め尽くす。柔くてあまくて……下腹がぞくぞくと震えるくらい堪らなかった。脳髄が焼き切れそうだった。瞼の裏がちかちかと白く点滅し、爪先が床を引っ掻く。もはや絡め合う舌が、nに与えられる強すぎる刺激が、耳を犯す水音が、アキラのにおいが、全ての感覚を狂わせ、痺れるような快楽へと変わっていった。

「…は、ッ………ぁ、」

一方的に貪り尽くして離した舌先同士に唾液の糸が伸びる。アキラの赤い顔。赤い舌。赤い唇。その淫靡な光景にぶるっと体が震えた。この光景だけでイけそうだった。
そんなケイスケを見やってかラストスパートとばかりにnの手がぐりぐりと鈴口を抉る。それと同時に竿も。ぐちゅぐちゅと泡立つ先走りが、せり上がる睾丸がケイスケを追い詰めた。我慢なんて出来るはずがなかった。もう無理だとばかりに頭を振る。だが、そんなケイスケに無駄だとでも言うよう、nは首元へと歯を立てる。ひくりと喉が鳴った。爪先が強張り、ぎゅっと丸まる。

「ひッ…、ぁ…っ……も、ぉ……っ」

頭の中が白く染まる。びくん、と仰け反る背に、びゅるっと勢いよく吐き出される白濁。得も言えぬ恍惚感。ぴくぴくと痙攣する内腿に力など入るはずもなく、脱力した体はくたりとnに寄りかかった。濃いな……。そう呟くnの声が聞こえたが、もうどうでも良かった。──これで、ようやく終わる……。どこか遠いところでそんなことを思いながら、ケイスケは滲んだ視界の中、目の前で立ち惑うアキラの腕を引いた。なんだか口元がわらったように歪んだ気がした。けれどもそれを確信する間もなく、ケイスケの意識はそこでふつりと途切れた──。

 

******

 

目が覚めると全く見覚えのないホテルのベッドの上だった。

「……あぁ…ケイスケ、起きたのか」

その言葉と共に与えられるアキラの容赦ない拳。というより鉄拳。それをみぞおちに受け、半分微睡んでいたケイスケの意識は完全に覚醒した。

「ぐぅ、…ッ…ごほっ、ぇ、アキ、…っ? … って、な、に…!? え、ちょっ待っ…ストップ、ストーーップ…っ!!」

一度ならず二度目の拳を振り上げるアキラにケイスケは思わずストップを掛ける。待って、落ち着いて!? そう説得を試みるも、アキラはまさに怒り心頭と言った様子で聞く耳を持たない。うるさいお前は黙って殴られてろ、そう激昂を通りすぎ淡々と物静かな、いっそ冷ややかとも取れる声で命じられるだけでケイスケには何がなんだか分からなかった。一体何がアキラをそんなに憤らせているのか、混乱する頭で早急に目覚める前の朧気な記憶を辿る。確か郊外で旧ENEDの追っ手に囲まれた。逃げ道を塞がれ、否応なしに応戦することになって……順を追って記憶の切れ端を手繰っていく。うんうんと唸りながら必死に微かな欠片達を掻き集めていると、アキラの後ろからnがするりと顔を出した。

「目が覚めたのか」
「………ぁ、」

そこで一気に記憶が噴き出した。追っ手の血に興奮したこと、二人に痴態を晒したこと、出すだけ出して意識を飛ばしたこと──その他諸々。思い出して身体中の血が一気に下がる。そして次の瞬間、爪の先から頭の先までケイスケの体は真っ赤に染まっていた。

「ぁ、あ、あの、あれは、その…っ、」

思い出したばかりにケイスケは一人おろおろする。そうだった。アキラが怒るはずだ。あれだけ身勝手な痴態を見せつけられたあげく一方的に口付けられ、さんざん好き放題貪られたのだから。そりゃ誰だって怒りたくもなる。
ケイスケは混乱する頭のままアキラに謝ろうと口を開く。しかしそれを口にする前に、nはぬっ、とケイスケの顔を覗き込み、その耳朶へと唇を寄せた。

──また三人でやろう。

ちいさく耳打ちされるそれ。秘密のように囁かれる言葉。それが耳から脳へと流れ込み、その意味が理解に達するとケイスケはただでさえ紅潮した頬を更に赤くさせる。

「……ッ、さっ、さ、さ…んに…ッ」

ぱくぱくと言葉にならず真っ赤になるケイスケ。それを余所にnはスッと離れると、ふと思い出したかのようにそれと、と付け足して爆弾を口にした。

「アキラには謝っておいた方が良い。…さすがに三回目はアキラもぐったりしていた」

その言葉にケイスケは「えっ!?」と驚き、飛び跳ねる。三回……それが具体的に何の回数を示すのかは分からないが少なくともケイスケには身に覚えのない数字だった。……覚えてるのはせいぜい一回程度……いや、正確には一度、だが、確か意識が飛ぶ直前、アキラの腕を掴んでわらったような気もする……。もしかして飛んだのは意識ではなく理性の方だったの、か……? さぁっと青くなった顔で、油の切れたブリキのようにギギギ…とアキラの方へと顔を向ければ──案の定、そこには拳を握りしめた般若の顔があった。

「あの、…その、…アキラ……、ごっ、ごめ」
「謝るってことは何をしたのか覚えてるってことか」
「いや…えっと、……覚えてるか覚えてないかって言われると覚えてない…ん、です、け、ど、」
「なら叩いたら少しは思い出すかもな」

そんな、一昔前のテレビじゃないんだから…! そう涙目で叫ぶケイスケに、もちろん弁解の余地……どころか慈悲の一欠片さえ与えられるはずもなく。──ケイスケの絶叫と謝罪の声が響き渡るのにそう多くの時間は掛からなかった。