約束の流れ星

「ノクトと流星群を観に行こうと思う」

この時期にちょうど観測できる場所があると耳にしたんだ。そうイグニスに告げられ、プロンプトはぱちくりと目を瞬かせた。
流星群。つまりたくさんの流れ星のこと。
言われてみれば王都ではそんなに流れ星は観たことがないのかもしれない。そもそも眠らない街として、いつも人工の明かりがそこかしこに付いていたから星自体あまりよく見えなかった気がする。
「じゃあ、」
「プロンプト」
オレも行く!
反射的に手をあげ、そう答えようとしたプロンプトにグラディオの声がかぶさった。
「ノクトもイグニスもいねぇんだ。今日の腕立ての重り、お前な」
ぱちくり。
もう一度目を瞬いてプロンプトは少しだけ考える。グラディオは意味なく会話を遮る人間じゃない。だからこのタイミングでこの居残り宣言ということは、これはふたりで行かせてやれということなのだろう。
「…良いけど、そんなに鍛えたらグラディオ、ゴリラになっちゃうよ?」
「あぁ? お前も鍛練したいってか? ごりごり鍛えてやるぞ?」
「うわぁあ、遠慮します! 鍛練はなし! 今日のオレはグラディオの重りだから! あとこの辺探索するの! だから、」
プロンプトはノクトのスマートフォンを指差す。
「ふたりは、写真よろしくね!」
もちろん流れ星をバックにイグニスとノクト、二人が写ってるやつで!
ああ、まかせておけ。
ふたりはそう言って顔を見合わせ、わらった。

 

 

「ありがとな」
ふたりが観測地点へと向かうのを見送って。そう告げるグラディオにプロンプトはううんと首を振る。
「ふたりにとって大切なことなんでしょ? むしろ教えてくれてよかったよ。ありがと、グラディオ」
オレ、もうちょっとで邪魔するとこだったから。
そう苦笑めいた顔でそう言えば、グラディオがプロンプトの髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「グラディオ~!」
「……昔な、流れ星を観たいって王子が言ったんだと」
唐突に始まる昔話。でもそれが、この流星群に繋がる話だとすぐに分かった。
当時、幼い王子はイグニスに借りた星の図鑑を見て、自分も本物の星を──流れ星を観に行きたいと言った。大事な王子を外の世界に出すわけにもいかず、だからと言って頭ごなしにそれは出来ないと言い聞かせるにもいかず。
「でもどうにかして観せてやりたいと当時のイグニスに相談されてな。オレも大分調べたんだが…」
結局、王都にいる限り観られないようで。いつしかふたりはその話をしなくなったけど、今回外の世界に出られたなら、イグニスはきっと、今度こそあの王子に本物の流れ星を観せてやれるんじゃないかって思ったんだ。
「悪かったな……お前も流れ星、観たことなかったろ? 我慢させちまった」
「ううん。…いや、まぁちょっとは残念だったけど、たぶんここでも観れるだろうしね。ふたりに写真もお願いしたし。ノクトはともかく、イグニスならきっと最高の写真撮ってきてくれるよ」
今から楽しみだなぁ。
まだまだ夜が明けたばかりの空を見上げる。夜はまだ遠いのに、期待に満ち溢れたふたりの顔が思い出された。
「それに、」
見上げる視線を空からグラディオへと移し、プロンプトはにかっとわらう。
「今度はみんなで観に行けばいいでしょ?」
ノクトのことだから、また観に行きたいって絶対言うよ。そしたら、今度こそオレも一緒に行く! って言うんだ。

次は四人で流れ星を観に行こう。

夜が明けて帰ってきたふたりが同じことを言うとも知らず、グラディオとプロンプトはふたり、わらいあった。

 

 

 

──なんで思い出したのが今なんだろうな。

アンブラの背中を撫でながらノクティスはわらう。
長いようで短い旅だった。
その旅ももう少しで終わりというところで。
あの幾つもの流れ星が脳裏を駆け抜けた。

『今度は全員でここに来よーぜ』

自分でも覚えていない願いを叶えてくれたイグニス。
叶えるために制してくれたグラディオ。
我慢してくれたプロンプト。

だから今度はオレから約束をした。
次は全員で、またあの場所で。
四人そろって流れ星を観に行こうと。

楽しみしてると、三人はうなずいた。
ささやかな、四人だけの約束だった。

だから、たとえ。
誰も覚えていなくても。
ただの自己満足だとしても。
こうであればと願った幻だとしても。
ノクティスはあのダスカの夜空を思い浮かべる。

もういちど、観に行こう。
みんなで、もういちど。
あの世界を。星空を。

願いを聞き届けたように、アンブラがひとつ、わんと鳴いた。

 

 

 

今夜、流れ星を観に行かねぇか。ダスカで流星群が観れるらしいぞ。

突然だね、とプロンプトがわらった。
悪くねぇな、とグラディオが肩を叩いた。
すぐに準備しよう、とイグニスが苦笑した。

四人を乗せたレガリアは、あの場所へと走り出した。

 

 

 

きれいだなとか、おおっ、だとか。
気の利いた言葉も出ないまま、四人でずっと流れ星を観ていた。
落ちる前に三回願い事を繰り返せば叶うと言ってプロンプトは必死に何かを呟き続け、グラディオが間に合ってねぇーぞと茶々を入れ、イグニスが昔破った星の図鑑のページを詳細に語ってくれた。

ロマンチックの欠片もない。
無骨な男四人の天体観測。そりゃそーなるわな、とノクティスは小さくわらった。
でも、これでいい。
これがオレ達の旅だ。
そっと静かに目を閉じる。

夜明けと共に終わるだろう天体観測。
オレ達の旅の最後のおもいでには、お似合いではないか。

 

 

 

未来からやってきた亡霊が過去を生きる仲間にわらいかける。

たとえお前らの記憶がなくたって。
オレはお前らと一緒に流れ星を観に行きたかったんだ。
あの時と同じ場所で。
空を見上げて、駆けていく星の数々を瞼の裏に焼き付けておきたかった。
なぁイグニス。
やっぱお前の提案、最高だわ。
グラディオ。
あん時、ふたりで星観させてくれて、ありがとな。
プロンプト。
ちゃーんと、約束守ったぞ。…大分遅くなっちまったけどな。

 

なぁ、おまえら。
これからオレ達は色んなものを喪う。
大事なもんだ。
何にも変えられない大切なものが、指の隙間からすべり落ちる砂のようにこぼれていく。
でも。
でもな。
そうやってたくさんのものを喪っても、な。
その手のひらの上には落ちずに残るものが確かにあるんだ。

オレの中にあの流れる星の記憶があったように。
ちゃんと、ちゃんと喪わずに済むものもあるんだ。
だから。
前を向け……胸を張って生きろ。
王様は約束を果たしたぞ。
今度はお前達の番だ。

ノクティスはそう笑みを深めると、最後の夜明けに少しだけ目を細めた。
亡霊が消えるべき時間だった。

 

(了)