16

──そんなこんなで。アーデンの努力が実ったのか、ここの神様の仕事が早いのか。四匹目のヒナチョコボは広場を抜けるための階段を上りきったすぐのところで見つかった。……何故か茂みに頭を突っ込んで抜けなくなるという哀れな姿で。
「なんでこんなところに……」
頭が痛いとばかりにこめかみを抑え、溜息を吐くアーデンに生き物があっ! と何かに気付いたように声を上げた。
『アーデン この子さっきの子だよ~』
『よく見たら茂みに穴も空いてるし ここヒナチョコボの通り道なんじゃないかな?』
『ほらここ 穴が空いてるでしょ?』
「えー………あー…うん、なるほど…なるほどねぇ…」
さっきより見た目は少しばかり大きいけれど。おそらく先程の戦いでナイトメアから勝ち得たクリスタルの欠片を呑み込み大きく成長したのだろう。大きいというより丸くなったという印象の方が強いが……。そのせいで本来、通り抜けられるはずのところに突っかかって抜けなくなってしまったと、そういうわけか。アーデンは思わず天を仰いだ。
「…ていうか、これ前じゃなくて後ろに戻れば簡単に抜けるんじゃないの……?」
要は羽のところで引っかかっているのだから。進もうとせず、戻れば良いだけなのではないだろうか。そう口にして思った。この子、後ろに下がることを知らなそうだなぁ…と。
まぁ、とりあえずだ。どうしてヒナチョコボがこんなところを通ろうとしたのか全く以て謎ではあるが、さっそく神様が願い事を叶えてくれたのならそれでいい、そういうことにしよう。アーデンはキューッキューッと鳴き、パタパタと穴から抜け出ようとするヒナチョコボの体をそっと持ち上げ、捕まえた。すごく重かった。そしてぷにぷとしていた……。その感触になんとも言えない気持ちになりながら、ヒナチョコボがクリスタルの欠片へと変わっていくのを見守って、ふと思い出す。
「……そういや昔あの子にも…おやつを与えすぎて太らせてイズニアにすごく叱られたなぁ…」
ちょうだいと甘え、寄ってくる姿が可愛くて。求められるがままチョコボに際限なくおやつを与えていたら、丸々と太ってしまったのだ。それを見たイズニアが言った。欲しがる分だけ与えるのが愛情ではないのだと。むしろこんな姿にしては可哀想なのだと。懇懇と説き諭され、反省を促され、最後は日が暮れるまでふたりして走らされるはめとなった。……今思えば、いくらアーデンが悪いとは言え、よく不敬罪に問われなかったと笑える話である。
「そっかぁ、おやつの時間か……」
そう言えばもうそんな時間か。アーデンは傾く陽光に目を細め、肩を竦めた。走り回って、願い事をして。そうこうしている内に随分と時間が経ったらしい。全てのヒナチョコボを捕まえるにはあとどれだけの時間を要するのか。はっきりとした疲労や空腹は感じないが出来れば短期決戦でお願いしたいものである。心の安寧のためにも。
『ねぇ アーデン』
生き物が何かを発見したのか、ピョコンと耳を立ち上げ、文字を連ねた。
『ヒナチョコボ あれを見つけたんじゃない?』
そう示すのは 茂みの向こう側、オルティシエの街とそれを囲む外海の滝を見下ろすよう作られた小さな公園で。その奥にある銀色のパネルらしきものと、その周りに散りばめられた幾つかのクリスタルの欠片が、来訪者を待つようにキラキラと煌めいていた。
「またあからさまな……」
『あ! あっちから回れるみたいだよ~』
花に囲まれる回廊を見つけた生き物は早く早くと言って、アーデンを誘い、歩き出す。石造りのアーチ、花の回廊。そこを道なりにぐるりと回って通り抜ければ緑豊かな公園へと繋がっていて。一番奥の、洒落た街灯の下にある銀色のパネル。そこへ歩み寄ると、生き物はこれが最後みたいと羊皮紙を輝かせた。
『シルバーパネル これでおしまいみたい』
「……あぁ、そっか…これが最後なんだ…」
夢は確実に出口へと……終わりへと向かっている。《!》が刻まれた銀色のパネルを見ながらアーデンはそう思った。なんだか寂しい気もする。終わるのが当たり前なのにふいにそう思った。生き物もそう思ってるのか、ねぇ踏んでみてよアーデンと先を促してくる。そうだね、とアーデンは応え、目を閉じた。
世界を統べる六つの神様。始めに現れた巨神は記憶の蓋を抉じ開けて。次に現れた水神は迷う道を切り開き。続く雷神と氷神は次の世界へと男を誘い。足を止めかける男に燻る記憶と道を照らした炎神。五つの神が祝福を与えた今、残る神はあとひとりだけ。最後まで眠りに就かず、ただただ黙するだけだったかの神は一体男に何を与えるのだろう。
覚悟を決めたようにそろりと瞼を押し上げたアーデンはゆっくりとパネルへと足を乗せた。パネルはカチリと填まり、そして狂いなく起動する。
「……あぁ、」
光が、生まれる。剣の形をした光が。二重、三重と幾重にも絡み合い、喚ばれるようにゆらりと眼前に現れた剣神とアーデンを取り囲んで躍る。
「………そういうことか、」
アーデンはわらった。顕現した剣神が一振りの剣を手にしていたから。もう二度と目にすることはないだろうと思っていた剣を──父王の剣をアーデンに与えようとしていたから。

 

幼い記憶が泡となって浮かび上がる。
欲しいものはあるか? そう父に問われたいつか、過去を。
とうさまと一緒に過ごす時間が。そうとは言えなくて、ひとつの剣を指差した。
王家に伝わる一本の剣。代々繋いでいく魔法の剣。
一緒の時を歩めないのならば、せめてとうさまの進んだ道を追いかけたい。
そう思って選んだもの。
でも、とうさまは、とうさまの首を狙う者として受け取ってしまった。
俺が欲しいのはとうさまの首なのだと、そう思って…──。

 

キュウ、と生き物が鳴く。
『昔 お父さんに欲しいものを聞かれて この剣が欲しいって言ったけど』
『本当は剣なんていらなかったんだよね…』
『でも一緒にもいられなかったから 王家の人間として その覚悟を示したかっただけなんだよね』
「………っ、」
生き物の言葉に、アーデンは息を詰める。そうだ……そうだった。そう、全ての始まりを思い出す。
本当はそれだけでよかったのだ。ただ、傍に居てくれれば、一緒に居てくれれば、それだけでよかった。それ以上願うことなど、欲しいものなどなにもなかったのに。なのに。どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう──。
羊皮紙に歪んだしずくの絵が浮かび上がる。それがじわりと滲んだ。……知らぬ間に溢れた涙が頬と紙を濡らしていた。雨に濡れても何ともなかったくせに……濡れることさえしなかったくせに。打って変わったように、羊皮紙はアーデンの涙でたやすくインクとその身を滲ませる。だからそのせいだと、アーデンはきゅっと唇を噛み締めた。溢れるものを止められないのも、震える手が羊皮紙に皺を寄せるのも全てそのせいだと、言い訳して。

 

 

父王の剣を残し、剣神は消え去った。濡れた跡を乱暴に拭って、残ったその剣を受け取ろうとアーデンが手を伸ばしかけた時、その鳴き声は響き渡った。
キューーーッ!
遠くで悲鳴のように響く声。辺りを見回し、派手な黄色へと目を留めれば、今まさにナイトメアに襲われたヒナチョコボが噛みつかれ、誤って柵から落ちる瞬間だった──。
「……なっ、…っ!」
落ちた先は外界の海が流れ込む巨大な滝。呑み込まれればひとたまりもない急流。アーデンは考えるより先にオモチャの剣を召喚し、落ちるヒナチョコボへと投擲した。どうか、どうか間に合ってくれ、と。強く強く願いながら。
シフトして、激しい水飛沫を浴びながら投擲した剣に右手が届く。そのまま剣を握って左手をぎりぎりまで伸ばし、背中を下にして、落ちてくるヒナチョコボを抱き留めた。その間にもふたりの体は容赦なく落ちていく。無いに等しい空気抵抗の中でアーデンは剣を握った右手を引き寄せると、今度は街の方へと渾身の力を込めて投げつける。キューッ! とヒナチョコボが鳴いた。だがそれに構っている暇はない。
それは呼吸さえ忘れる一瞬の判断。一瞬の出来事。一瞬の力。一瞬の移動。
滝の中へと呑み込まれる寸前、ふたりは街の上空へと高く飛び上がり、アーデンは握った剣をもう一度、街の中心部へと投げつけた。開けた広場、硬い石畳の上。出来るだけ衝撃を与えないよう膝をついて着地し、その感触が脳まで届くと、アーデンはようやく垂れた汗を袖で拭い去ることが出来た。
「……っ、は、ッ…ハッ、…はぁ…っ…間に合っ、た……」
なんとか無事だったと、肩の力を抜く。キューッ? と懐のヒナチョコボが鳴き、パタパタと暴れた。その様子に少し安心して抱き上げてやるとヒナチョコボはキュ? キュ? と不思議そうに首を傾げるものの、特に問題はないようで、すぐに大人しくなる。
『アーデン~~~~!!』
ようやく見つけたとばかりに全力疾走した生き物がすごい勢いで駆け寄ってきた。
『びっくりしたよ~ ~! 突然消えちゃうんだから!』
その言葉と共に、光の粒子となり消えるオモチャの剣。生き物の慌てぶりに加え、今更その存在を思い出して、アーデンは思わずと言った様子で苦笑した。
──目の前に父王の剣があったというのに。今まさに受け取ろうとしていたところなのに。
癖となってしまったのか何なのか。無意識に自分は、父の剣ではなくオモチャの剣を選んでいたらしい。それも一瞬の迷いも、躊躇いもなく。そう思うと何だかとてつもなくおかしくなって、アーデンは我慢できず笑い出してしまう。
『アーデン?』
どうしたの? 頭でも打った? 変なもの口にした? そう心配する生き物に違うよ、失礼だなと言葉を返す。だが詳しいことまでは言わない。言ったところでこのおかしさは通じないだろうから。
アーデンの笑い声につられたのか、はたまたようやく状況を理解したのか、腕の中のヒナチョコボも一緒になってキュウキュウと嬉しそうに鳴き始めた。そしてそのままくるくると大きなクリスタルの欠片になったかと思うと、どこからともなくヒナチョコボが三匹わらわらと茂みから現れ、警戒心など持っていないかのようにアーデンの側へと歩み寄ってくる。
「え……? え…? なんで…? なんで……?」
『今 捕まえたヒナチョコボが鳴いて アーデンが敵じゃないよって 仲間に知らせたんじゃないかな』
『キュウキュウって 楽しそうだったでしょ?』
「いや、でも…待って…鳴き声って……」
確かにこれまで捕まえたヒナチョコボ達は皆、嫌そうに不満そうにキューッキューッ鳴いていたが。まさかあれは遠くで逃げる仲間達への警告だったのだろうか。普通に捕まり、嫌がって鳴いていたのではないのだろうか……。アーデンは途方に暮れたような顔となる。
『ええっと ほら…』
『アーデンって ヒナチョコボ捕まえるとき 真剣になればなるほど恐い顔になっちゃってたから』
『余計 ヒナチョコボも逃げちゃうって言うか』
『敵じゃないって分かったから ヒナチョコボ達も集まってきたんじゃないかなぁ』
『アーデンって 鬼ごっこしてくれる良い遊び相手みたいなものだし…』
「……つまり、捕まえるのがそこまで難しくないって話、本当だったんだ…」
まさかのまさか。生き物が言っていた通り、知らなかったとは言え冗談抜きに自分で難易度を上げていたとは……。もっと笑って走れば良かったのだろうか。いやでも、それはそれでおちょくられていたような気もする。アーデンは深い深い溜息を吐くと、まぁ、とりあえずの問題は解決したかとキュウキュウ懐いてくるヒナチョコボの背を撫で、抱き上げる。そうすればキュウウと満足げに鳴いて大きなクリスタルの欠片へと変わるヒナチョコボ。消える直前、頬を嘴でつつくのはちょっとしたご愛嬌だろう。
そうして三匹のうち、二匹が大人しく腕の中へと飛び込み、クリスタルの欠片へと変わっていくも、残りの一匹だけは伸ばす腕からぴょこぴょこ逃げ回って少し遠くの場所へと離れてしまう。まだ遊び足りないのだろうか? そう首を捻って足を止めれば、ヒナチョコボもまた足を止め、こちらを振り返って首を傾げ。んんん? と唸りつつ、もう一度足を進めて近寄れば同じ分だけヒナチョコボもまた歩みを進める。ひとりと一匹は互いに顔を見合わせた。
「…ついてこいって、言ってるのかな?」
『そんな感じだねぇ』
その会話を肯定するように、ぴょこぴょこと再び歩き出したヒナチョコボ。それを追い、ふたりはゆっくりと歩き出す。青い空がいつの間にか赤く染まり始めていた。世界は、空は、夕暮れの時刻を迎えようとしていた。