15

四匹目はすぐに見つかった。というよりキューッキューッと激しく鳴くその声で気付いたというべきか。
「え、ナイトメアに襲われてる…!?」
ヒナチョコボの甲高い鳴き声に混ざり、ガルルル! ガウガウ…! と威嚇するナイトメアの低い吠え声。仲間を呼ぼうとしているのか遠吠えの声も聞こえ、アーデンは走っていた足を更に速めた。間に合うだろうか。声のする方向に曲がるにはまだまだ先まで走らねばならない。一抹の不安を覚えるアーデンに生き物がキュッと鳴いた。
『アーデン こっちに近道があるよ』
通りすぎそうになるくらい細い道を指し示し。生き物はこっちこっちと中へ入っていく。覗いてみれば、そこは街灯さえ無い薄暗い路地裏で。アーデンはちいさく眉を寄せた。
「え、この道って、大丈夫なの…っ?」
思わずそう訊ねれば、もちろん! と生き物は胸を張って先へ進む。その姿に一瞬迷うも、躊躇う暇はない。生き物の言葉を信じアーデンもまた路地裏へと飛び込んだ。路地裏の中は表通りでは見掛けないダストボックスや鉢植え、その他諸々の雑貨達がひしめき合っていて……それらを上手く避けながら足場の悪い道をひたすら走り抜けるしかない。運が良いのか、生き物の言葉が正しかったのか、一本道のまっすぐな道は迷うことがなく、方角も間違いないようでヒナチョコボとナイトメア、両者の声もだんだん大きくなっていった。
『アーデン あれ出口じゃない?』
生き物の言う通り、ようやく見えてきた光の差す道の先──そこをくぐり抜け、見渡すと、そこは予想していた大通りではなく大きなモニュメントの立てられた、どこかの開けた広場のようであった。
『アーデン あそこ!』
明るさに馴染ませるよう目を細めながら見回すアーデンに生き物が鳴いて教える。あそこだよ、あそこ。声に従い、目を向ければ中央に置かれた巨大なモニュメントの向こう側、その陰となるところでナイトメアが群れてヒナチョコボを襲っているようだった。走るのも時間が惜しい。そう思ったアーデンはオモチャの剣をモニュメントへと力いっぱい投げつける。
『アーデン!』
生き物の声を背に。投げつけた剣のところへその身を瞬間移動させたアーデンは手にした剣の柄を握り直し、自重と共に捻りを加え、攻撃へと転じる。
「ハァァアア…ッ!」
斬りつける刃。遠吠えにも似た長く尾を引く悲鳴。ぐすぐすと崩れ落ち、溶ける体。水蒸気のように消えたナイトメアの体からはクリスタルの欠片が生まれ出て、くるくる回ったかと思うとアーデンの中へと消えていく。
──グルルルルルルッ!
突如現れ、攻撃してきた人間。それに対し、仲間を失ったナイトメア達は距離を取って怯みながらも、ギラギラと睨み付け、敵意を剥き出しに唸り、威嚇する。
『アーデン 気をつけて!』
遠くでキュウッと鳴く生き物に口端を上げてわらい。前足で地面を掻くナイトメアに、アーデンは掌を上に向け、ちょいちょいと挑発するよう人差し指を動かした。
「──来い」
ガウッ! と吠えたのはどれだったか。一斉に躍りかかる獣達を相手に剣を構え、薙ぎ払う距離を測りとる。統制は取れているが、やはり夢の中の生き物ゆえか、獣としては動きが甘い。先頭で他を率いるナイトメアが、噛みつくために大きく口を開け、今だ、とそう思った時、アーデンは思わず動きを止めてしまった。
キューーーッ!!
高い鳴き声と共に腕を通って肩、頭にずしりと掛かる何かの重み。視界の端を掠めていった黄色の塊──黄色のヒナチョコボ。
「………はぁ!?」
アーデンの驚嘆とヒナチョコボの鋭い蹴りはほぼほぼ同時だった。ギャンッ! 悲鳴を上げて地面に叩きつけられる先頭のナイトメア。そして危険を察知して目的地を方向転換する者達。最後にストンと着地するのは、どこか誇らしげなヒナチョコボで……。
「えぇぇ…嘘でしょ……」
アーデンはひくりと顔をひきつらせる。地面へと倒れ臥したナイトメア……それはすぐにぐすぐすとクリスタルの欠片へと変わっていき、その威力の凄まじさを物語っていた。アーデンは直感的に思う。……もしや自分は今までとんでもない生き物を追っていたのではないのかと。
キューーーーッ!!
そう思っている間にもヒナチョコボはナイトメア相手に威嚇の声を出し、羽をばたつかせる。危ない…!  左右から挟み込むように喰いかかる二匹のナイトメアを相手に剣を振るう。だが、距離からして一匹しか薙ぎ払えず、アーデンはちいさく舌を打った。どうにか一撃でも避けてくれれば…! そう思ってステップを踏み、振り返ろうとした瞬間、それは謎の重みで叶わなくなる。
「…っ、ぐぇえっ!?」
背中を踏みつける何か。そして、キューーーッ! と力強く鳴くヒナチョコボの声とギャンッと痛ましく上がるナイトメアの悲鳴。何が起こったのか……。なんとなく想像はつくものの、あまりの恐ろしさに顔を上げられない。……とは言え、それでもおそるおそると顔を上げ見てみれば、そこにはぐすぐすと溶けるナイトメアと勇ましくキューッ! と鳴く姿があって……。
「………………」
おそらく言葉を失うとはこういうことなのだろう。アーデンは本気で思った。今、ヒナチョコボを表す言葉が見つからない。次にどう動けばいいのかも……。
そうこうしているうちにヒナチョコボは次々と襲いかかってくるナイトメアを一匹、また一匹と避けては蹴り上げ、伸していき。とうとうナイトメアは最後の一匹にまでその数を減らされた。
『………アーデン』
「…いや…うん、言いたいことは分かるんだけどね、」
ヒナチョコボがナイトメアへと威嚇している今のうちに捕まえてしまえと。生き物はそう言っているのだ。出来ることならアーデンもそうしたい。そうしたいのだが、それをやって果たして自分は無事に済むのだろうか……。そうこう考えているうちにヒナチョコボが大きく跳ね、飛びかかる。
「…~~~~~っ、あぁ、もう! 男は度胸…!」
半ばやけくそにそう言って。捨て身の覚悟で、飛んだヒナチョコボの体を捕らえるためオモチャの剣を握り直し、ナイトメアを狙った。まずは先にそちらを始末して、それからヒナチョコボに腕を伸ばし、捕まえて。
「って、んぐぅ!?」
と、飛んだヒナチョコボがまさかのアーデンの頭へと着地して。そして、そのままアーデンを踏み台に、高く飛び上がったかと思うとアーデンの体を軽々と飛び越え、猛ダッシュで走り去ってしまう。
「え、嘘、ちょ、待っ……えっ!?」
慌てて振り向くもその黄色い姿は既に無く……。代わりにぽつんと残されたナイトメアが腹立ち紛れに残されたアーデンへと襲いかかる。が、やはりその動きは隙だらけであっけなく斬られ、クリスタルの欠片へと変わり……あ~もう! とアーデンは頭が痛いとばかりに唸り声を上げた。そもそもだ、そもそも。
「………よく考えたらナイトメアよりヒナチョコボの動きの方が速いし、あのキックを見る限り襲われても捕まる可能性の方が低いよね…?」
今更気付いた事実とは言え。それならそれで、もういっそのこと追いかけるのは諦めようと遠回しに打診するも。それではやはりなにか不味いのか、生き物が必死に反論を打ち立てる。
『で でもほら …個体によっては捕まる可能性もあるし …ね?』
『………集団で囲まれたりしたら さすがのヒナチョコボもパクッとやられちゃうかもしれないし… ね…?』
「…今のは集団ではないと……?」
『…………うぁぁ』
「……まぁ、確かに個体差はあるだろうし…念のためって大事なこととは思うんだけど…」
とりあえずヒナチョコボがそこそこ強いということだけは分かった……。ナイトメア駆除がそこまで優先的ではないことも。ただ、
「……最終的にあの子捕まえるのって俺なんだよねぇ…」
そう思うと、まさに天を仰ぎたい気分だった。
『……うん 頑張って… アーデン』
さすがの生き物も気まずいらしく。目を逸らしたまま羊皮紙に浮かび上がらせるのは滂沱の汗を流すサボテンダーの姿で。その絵に、思わずアーデンは痛む頭を押さえ、遠い目となる。ナイトメアよりも強い子を。なかなかに威力のあるチョコボキックをする子を……。俺は今後、無事に捕まえられるのだろうか…? ナイトメアに狙われるヒナチョコボより、むしろ自分の方が危ないのでは…? と真剣にその身を案じ始めるアーデンなのであった。

 

 

さてさて結局、四匹目はどこへ行ったのか。皆目見当のつかないアーデンにじゃあ、と提案してきたのは白い生き物だった
『それならいっそ 神様にお願いしてみるってのはどう?』
「神様に…? お願い……?」
なんて胡散臭い話だ…。如何にもそんな顔をするアーデンに構うことなく、生き物は前足を上げ、広場の真ん中に置いてある巨大なモニュメントをくいくいと指した。
『アーデン あの像知ってる?』
『水神の像っていうんだ』
「……巨大な魚の像にしか見えないけど」
そう言うのは金属を蔦のように複雑に絡ませ、ヒレやツノなど、立体的な意匠を施されたモニュメントであり。アーデンからしてみれば、底が噴水なこともあって、どう見ても水面から飛び出し、口を大きく開ける瞬間の立派な魚にしか見えない。……まぁ、生き物が言うからにはこれもひとつの水神の姿なのだろう。記憶しているものより随分と丸々しているが。
「…で? あの像にお祈りでもすればいいの?」
『ううん~ お祈りじゃなくて あそこ』
『あの屋台の上に 紙で出来た白い鳥があるでしょ?』
『あの白い鳥の羽のところに 願い事を書いて 像に向かって飛ばすんだって』
オルティシエの古い言い伝えらしいよ~と説明する生き物にふぅん、と軽く相槌を打って、アーデンは白い鳥が並べてある屋台へと歩み寄った。一羽、二羽、三羽、四羽……。屋台の上だけでなく傍らの箱の中にも、ぎっしりと詰められた鳥を見て、夢の世界には自分達しかいないのに一体いくつ願い事を書かせる気だ…と少しだけ呆れつつ水神の像へと振り返る。そこはちょうど像の顔と真正面の位置のようで、ぱっくりと開かれた口がこちらを覗いていた。
「……像にって、もしかしてあの口の中に入れるの?」
『うん!』
『そこにこの鳥が入ったら 記した願い事が叶うんだって』
『ねぇアーデン やってみようよ!』
えー…と言いつつ、生き物の強い押しに分かった分かったと押し負けて。アーデンは屋台の上にある一羽の鳥を手に取った。構造自体、至って簡単なようで一枚の紙を折り曲げたというよりも芯のある分厚い紙を切って組み立てたという感じだった。鳥達の側にはご丁寧に羽根ペンとインク壺も忘れず用意されており、アーデンは親切なことだと肩を竦めつつ、ペンをインクへと浸す。
「…君も何か願い事する?」
余分なインクを拭いながら、ふと思いついたことを口にすれば生き物は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
『いいの?』
「いいよ。書いて飛ばしてあげる」
『じゃあ”ヒナチョコボがちゃんと捕まりますように” って書いて~!』
予想外の願いに、アーデンはきょとんとした顔つきとなる。
「いいけど俺と同じ願い事にするの? ヒナチョコボって、そんなに捕まらない設定になってるの…?」
なんて恐ろしい…。そんな表情を浮かべるアーデンに違うよ~、と生き物はキュイと鳴く。失礼だなぁ、とでも言うように。
『ボクがその願い事にしたら アーデンはもっと別の願い事書けるでしょ?』
『だから アーデンは好きなの書いていいよ~!』
「………今のところヒナチョコボが捕まること以外、大した願いはないけどなぁ」
そんなことを言われるとは思わなかったせいか、急には思いつかないと断ろうとするアーデンに、そんなこと言わないでさ~とごり押しする生き物。仕方なしにアーデンはペンを取り、文字を連ねた。とりあえず生き物の願い事でも書いておこう。さらさらとペン先を滑らせ、さりげなく自身の無事も織り交ぜておく。
『アーデン 書けた?』
「書けたよ」
『アーデンのも?』
「んー……それはもうちょっと待って…」
さて何と書くか…。二羽目の鳥を前に真剣に考え込むアーデンはそこでフッとわらった。神様相手に──それも夢の中の水神様相手に一体何を叶えてもらおうというのか。自嘲にも近い笑みを浮かべ、アーデンはペンを走らせた。これはどうせお遊びなのだ。ならば思いつくままに、好きな願いを書けばいい。さらさらと羽根ペンを動かして。最後の文字を綴り終えると、アーデンは満足げに口角を上げた。
「………まぁ、こんな感じかな、」
『書けた? じゃあ あの像に向かって飛ばそう!』
「ハイハイ、じゃあ、まずは君のから……と、」
羽根ペンとインク壺は手早く片付けて。アーデンは早く早く~! と騒ぐ生き物を落ち着かせながら片手に願いを乗せた鳥を持つ。開いた水神の口。そこ目掛けて。強すぎず弱すぎず、そっと押し出すように腕を動かし、指を離す。ふわり。放った鳥は風に乗り、まっすぐと目的地へと飛んでいった。
「…あ、」
『わぁ!』
ゆらゆら。ふわふわ。上へ上へと飛んでいく白い鳥。それはゆっくりと羽ばたき、見事像の口へと辿り着いて……シャンッと軽やかな音と共に、星屑が散るよう幾多の柔らかな光の粒子へと姿を変えたかと思うと、ふわりふわりと消えてしまった。
「………入っ…た?」
『やった~! これでヒナチョコボ みんな捕まるね!』
そう喜び、跳ねる生き物。相当嬉しいらしく、さながらご機嫌である。……まったく、遊びとは言え、ここまで喜ばれたら水神様も御の字だろう。そう目を細めたところで、気付いてしまった。
「あ………」
『どうしたの? アーデン』
キュウ、と首を傾げる生き物に、アーデンはバツが悪い言った顔をし、眉を下げる。あぁ、これはまずい。素直に謝っておこうと、アーデンはごめんね、と口にする。
「………今、投げたの俺のだったみたい、」
ほら、と手元に残った生き物の願いが記された白い鳥を見せる。これが残っているということは、つまり先程、像の口に入ったのはアーデンの願い鳥ということになる。
『え~~~~! そんなぁ…』
そう言って生き物はがっかりといった顔をする。ヒナチョコボ…、と綴られる文字と涙するチョコボの絵はそれこそ悲壮感たっぷりだ。それにアーデンも多少なりとも申し訳ない気持ちが湧くのだが……そもそも神様に願わないと捕まらないヒナチョコボってどういうこと…? と思わなくもない。そう口にすれば、生き物は何事もトラブルは付き物だよ~! となぜか胸を張って答えた。トラブルだったのか…あのヒナチョコボは。
『…あれ? でもアーデン 願い事なんて書いたの?』
今の悲壮な姿はなんだったのか。思わずそう問い質したくなるくらいけろりと立ち直った生き物は興味津々に聞いてくる。
「………ヒナチョコボが無事に捕まりますように」
『えぇ~~~! それってボクのと同じじゃん~!』
『もっとなかったの~?』
そう言う生き物に冗談だよ、とゆるく笑って。アーデンはそっと唇に人差し指を当てた。
「何書いたかは、内緒」
『え~~~っ!』
そう騒ぐ生き物にハイハイ次は君のも飛ばすよと宥めすかし、白い鳥を掲げ持つ。……そうこれは所詮、ただのお遊び。そう思いながらも、どこか心の柔らかい部分で思うのだ。もし本当に、像の口に入った願い事が叶うのなら。もしそれが本当なら。アーデンの願いもいつか、いつか叶うだろうかと。
──”いつかシガイも病も争いもない、しあわせな世界となりますように”
そう記した願いは。
『ちゃんと入れてね~』
「ハイハイ………っと、……あ、」
とは言え、幸運とは続かないもので。目標を大きく外れ、噴水の水の中へと落ちていった鳥はぷくぷく白い泡となって沈み。結局、生き物の要望により、アーデンは願い事を書いては飛ばす、書いては飛ばすとあと五度ほど繰り返すこととなったのだった。