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街中に散らばってるクリスタルの欠片を集めながら、途中遭遇するナイトメアと戦いつつ、半強制的に行われるヒナチョコボとアーデンの地獄の鬼ごっこが開始して約半日──。勝率はなかなかと言ったところ……と言いたいところだが、今のところ捕獲したのはたった二匹だけだった。いや、二匹も捕まえた、と言ってもいいのではないだろうか。二匹も捕まえたことをむしろ褒めてほしいくらいだとアーデンは本気で思った。とにかく見つからないのである。喩え見つかっても捕まらない。もう一度言う。……捕まらないのだ。あの足の速さと方向転換のえげつなさ、右か左かとこちらを迷わせて裏をかく動き。あれはどんなに可愛らしい姿をしていようともはや天使の皮をかぶった悪魔である。断言しても良い。あれは悪魔だ。悪魔に決まってる。
その悪魔を前に、アーデンはじりじりと捕獲の体勢に入っていた。
「…落ち着け…そう、いい子だ……そのままジッとして…ジッと、ジッ…と、うぁっ、待っ…ぁああっ!」
ようやく見つけた三匹目。そのヒナチョコボの逃げ道を塞ぎ、距離を測りながら近付くも。容赦のない悪魔は右へと迂回し、伸ばしたアーデンの手が届くところで、左へと旋回してその脇を擦り抜けていく。
「あ~~~~! もうこれ絶対無理でしょ! 絶対捕まらないって!」
半ば泣き言を口にしながらアーデンは逃げたヒナチョコボを追いかけ、走る。
「ねぇ、これ本当に全員捕まえられる設定なの!? ものすごく、えげつないんだけど…!?」
『…というよりアーデンが無駄にヒナチョコボを警戒させて 難易度を上げてる気がするなぁ』
本来そこまで難しくはないはずなんだけど、と生き物は言うがアーデンにしてみれば真剣にやってるだけでヒナチョコボを警戒させる気なんて全くもって無い。それこそ難易度を上げる気なんてさらさら無い。欠片も無い。無いのだが……、
「あ……」
そう言えば昔、同じように集落のヒナチョコボが逃げだしたことを思い出す。その時も集落の者達と一緒に駆け回って、途中からは親チョコボや黒チョコボも呼んだりして探し回って呼び回って……そうして丸一日かけてようやく全てのヒナチョコボを捕まえることが出来たのだが……。
「あの時も確か …イズニアから途中で戦力外通告された…気がする」
アーデン様はどうかここに居てください、絶対にここから離れないでください、と。やたら遠回しに、丁寧に、司令塔でいるよう頼まれた。否、……隔離されたのだ。
『アーデン ヒナチョコボ捕まえるの向いてないもんねぇ…』
「分かってるなら、もうちょっと、捕まえるの、簡単にしてくれる…っ!?」
もしくは最初からやめておくとか! そう、息切れしながら口にするアーデンに生き物は何事も挑戦だよ~! とあくまでも前向きの姿勢だ。たまには後ろも向いてもらいたいものである……。そんなことを片隅で考えながら走るアーデンにそれよりも、と生き物は鳴く。
『アーデン ヒナチョコボ さっき通りすぎた二つ前の角 曲がってっちゃったけど大丈夫?』
「え…? あっ…! それは早く言って!?」
よくよく見れば、追っていたはずのヒナチョコボはいつの間にやら視界から消え失せており……アーデンは慌ててヒナチョコボが曲がっていったという角へと引き返す。
「あぁもう…っ、全然ッ、捕まる、気がしない…っ…」
『アーデンはまず 怒るか話すか追いかけるか どれかひとつにした方が良いと思うなぁ』
「全部、誰のせいだと…!?」
思わずそう叫んでしまった自分は絶対悪くないはずだ…! とアーデンは心の底から思った。

 

 

それから数度、逃げ道を塞いでは逃げられ、逃げられては追いかけを繰り返し…… 。
「捕まえ、た…っ……」
よろよろと腕を伸ばすアーデンに、三匹目のヒナチョコボはようやく捕まってくれた。おそらくあれだけの追いかけっこをしたのだ……十分満足したのだろう。不満そうではあるが、一応大人しく抱えられている。
「あー…、きもちいい…」
成鳥のチョコボとは違う、まだ柔らかな羽毛。少し高いぬくぬくとした体温。腕に囲うにはちょうど良い大きさ……。悪魔だなんだと言って追いかけたが、この瞬間だけは間違いなく天使だと言っていいだろう。そう、この瞬間だけは……。
「でも、これ…絶対、詐欺だよね……」
ヒナチョコボという幸せの中、アーデンは眉間に皺を寄せたまま呟いた。既に三度目とは言え、何度だって言ってやる。絶対に詐欺だ……もふもふのふわふわが捕まえて抱えた瞬間のほんの短い間だけだなんて…! 捕まって不満そうにキューッと鳴くヒナチョコボ。それも瞬きを二回程するとくるくると大きなクリスタルの欠片へと姿を変え、触れているところからキラキラとアーデンの中へと消えていく。
『やったね!』
そうして、そんな言葉と共に浮かび上がる可愛らしい花の絵。生き物にはアーデンの嫌みなんて微塵も効いていない様子だ。あぁ、幸せとはなんと儚いものか。そう嘆きつつ、まぁこれでようやく三匹目か…と一息つく。残るヒナチョコボはなんだかんだで、あと二匹だ。そう思ったところでアーデンはぱちくりと目を瞬かせた。
「あれ、ここ……」
なんとなく見覚えがある気がして、アーデンは周囲を見渡す。そこは他のところと似ているようで、どこか記憶に引っ掛かる光景だった。見覚えのある通路、五ツ星のホテル、店の景観、水路の水車。……うっすらと浮かぶ朧気な記憶。それに引かれるようにアーデンは足を進めていく。ホテル、花屋、アーチをくぐり。橋を渡ってすぐ右のところ。開けた通りを抜けたその先には──。
「………あった、」
五ツ星のホテルにも負けない立派な店構え。洒落た看板。大きながらんどうのショーウィンドウ。誰も、何も無いけれど間違いないとアーデンは確信する。ここは……いつか来た、あの場所なのだと。
「………昔、」
『?』
語るように、ぽつぽつとアーデンは口にした。
「一度だけ、オルティシエには来たことがあるんだ…」
空っぽの展示用のガラスの前で足を止め、照らすものが何もないまま光り続けるライトを見上げる。
「母上の……婚礼用のドレスを観に…」
『………』
ゆらゆらと眠っていた記憶が甦る。
……それはアーデンが楽園へと赴き、しばらく経ってからのことだった。亡き先代の神凪を悼んで。節目であるその年にオルティシエの職人によって仕立て上げられた婚礼用のドレスが展示されると話題になったのだ。その話は楽園にも届き、それを耳にしたアーデンがイズニアへと我が儘を言ったのだ。楽園へと送られてから一度も口にしなかった我が儘を。
“ねぇ、イズニア。俺も母上のドレスが見たい──”
突飛なアーデンの我が儘を、イズニアは真剣な面持ちで聞いてくれた。そして訊ねた。時間が掛かるかもしれない。一目見るだけかもしれない。貴方にも無理をお願いするかもしれない。それでも良いですか、と。アーデンは何度も頷いた。見れるのなら何でも構わないと。
そうして半年を掛け、亡き母の思い出を訪ねて。オルティシエは外交だ、親睦だとなんだかんだ理由を取り繕ってようやく一日だけ入国出来た街だった。約束通り、しっかりと建前は果たし、その後二人は護衛の隙を突いて、こっそりとホテルから抜け出したのだ。……その日は展示の最終日だった。最後の展示を観ようと店の前に集まる人は多く、離れないようイズニアとしっかりと手を繋ぎ、人と人との隙間を縫って、最前列へと潜り込んだ。そうして。二人でガラス越しに観たあの光景をアーデンはきっと一生忘れないだろう。
柔らかな光に包まれた亡き母の微笑む肖像画と、共に飾られた真っ白なドレス──。
“一目だけで良い、母上の婚礼用のドレスが見たい…”
そんな無茶な願いをイズニアは叶えてくれた。一瞬かもしれない男の幸せを取り零さないように。失わないように。全てを尽くして。
……きっととてつもない労力が必要だったはずだ。それこそ寝る間を惜しむくらいには。それでもイズニアは叶えてくれた。展示の最終日まで諦めず、アーデンを連れてきてくれた。
あの時、彼はどんな顔をしていただろうか……。ドレスを観るのに夢中でアーデンにはあまり記憶がない。でも。興奮で握り締めた己の指を優しく握り返してくれた手のように、温かく、優しい顔をしてくれてたら良いと思う。
「……って言ってもまぁ、こっそり抜け出すのに急いでたから服もそのままだし、すぐにバレるし、護衛も駆けつけるし、騒ぎになるし、戻ったら戻ったでものすごく叱られるしで、大変だったんだけどねぇ……」
『…それはなんとなく 想像付くなぁ』
「まぁ、今だから笑える話だけどね」
当時はアコルド側からは大使としての自覚がないとか何とかで期限付きの入国禁止令を言い渡されるし、その他各方面にも頭を下げ続けることになったのだから。
「それにイズニアもイズニアで主の命令でやりましたって素直に言えばいいのにさぁ、自分の判断で連れ出しましたなんて言うから」
あれはもう本当に大変だった。もう少しでイズニアの首が飛ぶところだったのだから。
「本当、馬鹿だよねぇ……」
いつだって彼は誰よりも心強い味方で、忠実な臣下で、頼れる友で、優しい、優しい兄だった。アーデンを守るため、ただそれだけのために自身の何もかもを擲つひとだった。……愚かなくらい優しいひとだった。
『アーデンは……』
「ん?」
『ううん… なんかアーデンが笑ってるから 不思議だなぁって思って』
『ドレスがないから もっと落ち込むかなって思ってたのに』
「あー……確かにね。無いのは無いで、それは残念だけど」
そう言いながらも。アーデンはコツンと展示用のガラスに手の甲を当てる。その口元にはやはり柔らかい笑みが浮かんでいて、生き物は不思議そうだった。
「……まぁ、こればっかりはひとりで観ても意味がないからねぇ」
空っぽの右手。空っぽの観客。それはどんなにドレスが美しくとも。思い出通りの姿であろうとも。きっとアーデンに虚しさを与えただろう。……だから良かったのだ。ドレスが無くとも。がらんどうでも。いつか、ここで、あの言葉に出来ない高揚を、愛された母の姿を誰かと一緒に共有出来たのだと、それさえ覚えておけば。
「……さぁて、寄り道はこのくらいにしておいて、ナイトメアに食べられる前にヒナチョコボ達を探す、かな……っと、」
そう気を取り直して足を一歩踏み出したところで。アーデンは見落としていた足元のパネルを踏んだことに気が付いた…。ガクンッ。カチッ…。──ボフンッ。
「……え、」
これは何のパネルだとか、どうしてここに、とか。そんな声が出る暇もなく、現れたのは白い煙と紙吹雪、そして五匹のキューキューと鳴くヒナチョコボで……。開いた口が塞がらないアーデンと。そしてそんなアーデンになどおかまいなしに、それぞれがそれぞれに違う方向へと一目散に駆け抜けていく五匹のヒナチョコボ達──。
「…え、……えっ!?」
『あ… そう言えば 言い忘れてたんだけどね』
生き物が今更思い出したとでもいうように、ぴょこっと耳を上げ、言った。
『途中設置してあるヒナチョコボパネルを 間違えて もしくは任意で踏んじゃうと』
「踏んじゃうと…? え、まさか……、え?」
嫌な予感が高まった。今、現れたのが決して目の錯覚や幻ではないと思わせる、そんな嫌な予感が。
『そのまさかです!』
『更にヒナチョコボが五匹 追加になります~!』
「っ……! それを早く言えー!」
そう叫んだアーデンは悪くないだろう。せめて知っていればもう少し慎重に行動したものを…! そう後悔しても、もう遅い。アーデンは逃げたヒナチョコボを追いかけるため、全速力で走り始める。
「…ていうか、言わなかったの絶対わざとでしょー!?」
その叫びにどうしてか返ってくる言葉はひとつもなく……。こうしてヒナチョコボとアーデンによる全力鬼ごっこは、ここに来て計七匹となり再スタートされるのであった。