02

「で、さっそくなんだけど、これは何?」
アーデンは目の前の、宙に浮く黄金色の物体を指差す。
きらきらと光り宝石のようにも見えるが、なにぶん人の顔より大きい。
『それはクリスタルの欠片だよ』
『これから進んでいく道を教えてくれるし』
『たくさん集めるといいことが起きるんだ』
とりあえず危ないものではないようなので、ふぅん、と頷き、手を伸ばして触れてみる。
すると、みるみるうちに触れた手のひらに吸い込まれ、パチンと光が弾けた。
「これで良いの?」
キュイ、という鳴き声と共に花の絵が浮かぶ。
どうやら正解らしい。
やれやれと言った顔でアーデンは、他にも浮かぶクリスタルの欠片へと触れた。
パチン、パチンと光が弾け次々と吸い込まれていく。
大体二十個ほど集めただろうか。
先を歩いていた白い生き物が鳴いた。
『ここにあるパネルのロックが解除されたよ!』
「パネル?」
見れば生い繁った草むらの中に、ブロンズ色のパネルがひっそりと顔を覗かせており。
その表面には《!》の絵が刻まれ、やわらかな金色の光を発していた。
「踏んだらいいの?」
うんうん、とうなずく生き物に、おかしなことが起きないことを願いつつアーデンはパネルを踏む。
そうすれば。
「はぁっ!?」
どしん、どしんと地鳴りを立て、目前の岩壁の隙間から覗く巨大な男の姿が。
いやいやいや、ちょっと待て。
今にも取って喰われそうなんですけど!?
ゆっくりと腕を伸ばしてくる男に思わず一歩引く。
しかしそんなアーデンを止めるかのように、羊皮紙がきらきらと輝いた。
『大丈夫! 大きいけどこわくないよ!』
いや、十分こわいんだけど!
なに言ってるんだこの生き物は。
そんなやりとりをしている間に巨大な男は、その手を届かせる寸前で、体に炎を纏わせ一瞬で姿を消した。
不思議と熱さは感じず、けれどふと、いつか見た光景と重なるようでアーデンは記憶を巡らせる。
「いっ…た…」
『アーデン?』
また頭痛だ。
なにかを思い出そうとすると、それを邪魔するように痛みが走る。
『大丈夫? どこか痛いの?』
「なんでもないよ」
先、進むんでしょ。
痛みを呑み込み、アーデンは白い生き物に先を促す。
『本当に? 休んでもいいんだよ?』
心配そうに振り返る生き物に、早く早くと手を振った。
心配されるほどのものじゃない。
思い出そうとしなければ痛くないのだから。
なら、思い出すのはやめることにする。

──どうせ全ては夢なのだから。

 
 

「…で、今度は何のパネルなの」
目の前には先程と同じ色をしたパネルが二つ。
ただし違うのはそれぞれに刻まれている絵の内容だった。
『踏んだら分かるよ!』
そりゃそうだ。
踏んで先程の目に合ったのだから。
とは言え、今度は予想だにしない出来事が起こる可能性は低そうだった。
「えーっと、こっちは太陽と傘と雲の絵、ねぇ…」
それぞれの絵を矢印で繋ぎ、ぐるりと三角になるよう結ばれたそれは、今は太陽と傘へと向かう矢印だけが金色に煌めいている。何かが変わるのだろうか? まぁ、絵からしてもそこまでオカシナことは起きないだろうと踏んだアーデンはパネルへと一歩足を進めた。
「…って、う、わっ、雨……? あぁ、なるほど天気か」
真っ青だった空が急激に厚い雲に覆われたかと思えば、ぽつり、ぽつりと小さな雨粒が落ち始め。それもすぐにざぁざぁと音を立てどしゃ降りへと変わる。幸い夢の世界であるせいか冷たいとか濡れてるといった感覚よりも、降ってくる雨粒が体を弾いていくだけの感覚に近いのだが、それでもこの天気でこの先移動するのはあまり得策でない気がした。
『もう一度パネルを踏んだら 次の天気に進めるよ』
「次……って、あっこれ、濡れ……! て、ない…?」
そう言えばと慌てて雨曝しになった手元の羊皮紙に目をやれば、それは変わらず湿ることも、文字が滲むこともなく、きらきらと光の粒子を放ちながら目の前の生き物の言葉を紡いでおり。……どうやら雨の感触と言い、この羊皮紙と言い、夢の世界ではなんでもありのようらしい。随分、都合のいい設定だなと呆れつつも、とりあえず生き物の言うようにアーデンはもう一度パネルを踏んで天気を雨から曇りへと変えた。
「あー…」
あれだけ厚かった雲は綺麗に薄く広がり、その隙間からところどころ陽光が漏れ始める。これが曇り空か……。そう呟きながらも、それにそっと目を細める。なんだか眩しくて仕方ない気がしたのだ。それでも最初の晴れ渡る空の眩しさより幾分かマシだろうとアーデンは次のパネルへと目をやった。
「……で、こっちは上が太陽で…下に月?」
あと左右の端に半円か。それら四つを矢印が繋ぎ、左端の半円と太陽へと伸びる矢印だけが金色の光を放っているそれに、なんだこれはと首をひねる。
「季節…いや時間かな?」
まさかねぇ、とそう思いつつ、まぁ踏めば分かるかとさっさとパネルを踏むことにする。きっと考えても無駄なのだ。行動した方がずっと早い。その考え通り、答えはすぐに表れた。
「…あぁ、なるほど。こういうこと、ね」
カチコチと一定の速さで鳴り響く音に合わせ、昇ったばかりの太陽が、急速に流れる薄い雲をすり抜け真上へと移動する。まるで時間を何倍も速く進めたかように様変わりする空模様にアーデンは小さく笑った。天気や時間をパネルひとつで変えられるなんて、なんだかこの世界の神様にでもなった気分だ。
「あぁ…でもやっぱり、この時間はまぶしいかなぁ」
曇り空なのにねぇ。そうアーデンは苦笑を滲ませると、もう一度パネルを踏む。そうすれば、もうひとつ先の絵──右端の半円とその先の矢印──へと時間は進み。真上にあった太陽は駆け足気味に反対側へと沈み、辺り一面を薄いやわらかな橙色へと染め始めるのだった。