学パロ 昼が好きな夜と夜が嫌いな昼 肆

「…他愛も無い」

 そう呟いてリクオは手にしていた鉄パイプを目の前の男たちの方へと投げ捨てた。元々、それは男たちが持ってきたものであり、その男たちは今、全員、地に伏せ呻き声を上げているのだった。大体、仕掛けてきたのはそちらだと言うのに呆気ないにも程がある、とリクオは肩を竦める。扱いきれない武器などただのガラクタだと誰かに教わらなかったのだろうか。だから相手に簡単に奪われてしまうのだ。あぁでも、とリクオはゆるりと笑った。

「手加減しなきゃならなかったし、あれとやり合うよりは難しかったかな?」

 あの男には、幼なじみの夜には手加減など必要ない。むしろ全力でやってもこちらが危ないくらいである。なんと言ってもあの男の身体能力はどういう仕組みなのか問い質してやりたい程、群を抜いているのだ。身長もあり、体術も心得ている男相手に隙を突いて、足を払って、そこでようやく膝を着かせられる自分とは大きな差である。それにあの男……。

「あーあ、裏門とは言え、こんな目立つところで優等生が喧嘩沙汰なんて良いのかねぇ?」

 気配も消すのが上手かったな、と舌打ちしたい気分でリクオは声のする方、門の上を見上げた。そこには言わずもがな、いつからいたのか、門の上でぷらぷらと足を揺らし、傍観者気取りをしている幼なじみの姿。トンッ、と軽い音を立てて、男は門から飛び下りると、するりとリクオに近づいた。

「なかなかの御手前で」
「……いつからそこに?」
「さぁて、あいつらがお前に突っかかってるとこからか?」

 最初からじゃないか……! と思わず声になりそうになった言葉をリクオは無理やり飲み込んだ。この男の言葉をまともに取り合っていては自分が疲れるだけなのは経験上よく知っているのである。あからさまに興味などありませんと言った顔をしてあぁ、そう、とだけを口にすると、リクオは回れ右をした――どうせなら、全てこの男がやったことにでもなれば良いのに、とひっそり思いながら。このような現場に居ては何かと面倒事を呼ぶ。特に自分はこのような場にいてはならないはずとなっているのだから。しかし、踵を返そうとした体は左手を強く引かれることであっけなく阻まれた。

「そんなに、急いで帰んなよ。近くには誰も居やしなかったぜ?」
「……そう、監視役御苦労さま。ついでに手を放してくれる? 騒ぎに気付かれなくても君と居るだけで余計な噂が立つんだ。あと、個人的にとても不快」
「可愛い顔してんのに相変わらず酷い言い様だな。せっかくその自慢の顔に傷が付いてるのを知らせてやろうと思ったのに」
「え、」

 一瞬の惑いを浮かべている間にくい、と顎を持ち上げられ、外してばかりだった男の視線が強制的に合わせられる。赤い目が、唇がにんまりと嗤った。

「相手は知れずとも、こんな騒ぎのあった後に傷を拵えるとは……なかなかに怪しまれるんじゃねぇのかい?」

 ひっそりと囁かれる噂は前々から存在していた。優等生である奴良リクオの裏側の行動のことは。裏とはつまり、今のような厄介者の相手をしていることだ。どこから流れたのかは知らないが、それを誤魔化し続けられているのは、偏に打ち負かした相手が怯え、全てを話さないことから確かな証拠が残らないことと、目の前の優等生、お人好しっぷりを見ていてはそんな話信じられないと無理やり納得させているところにある。故に懸念が取れず、どこかで真偽を推し量っている者たちに傷など見つけられるのは非常に不味い。まるで昨日、人知れず騒ぎを起こしましたと言っているようなものだ。いっとう見えるところには残さないように気を付けているのだが、何分、今日は相手が多かった。気付かぬうちに掠りでもしたのか……。

「……御忠告、どうも」
「礼なら、体で払ってくれっていつも言ってるだろ?」
「いっそ、この傷の記憶と共に葬り去ってやりたいくらいだと思ってる僕の心中が分からないのかな、君は」
「そうだなぁ、舐めてりゃ治るって言葉もあるぜ?」

 人の話を一切聞かぬ阿呆の戯言にひくりと頬を引き攣らせるも、その阿呆の塊である男は何を考えてか俄かに顔を近付けて目元近くの皮膚に口付けた。見慣れた顔、不愉快極まりない男、それでも綺麗な綺麗な顔をしたその幼馴染にどうしてかリクオは思わず息を詰める。うご、けない。

 ――べろり。

 生温い感触。肌の上を撫でるその感触にふと、はっ、と目が覚めた。犬か! とつっこむ前に男の長い髪を引っ張って、あぁ!? と驚いて力のままに引っ張られる男の鳩尾にもう片方の手で拳を作って埋め込んだ。あとついでに足払いも。崩れ落ちるまぬけな姿を目の端に移しながら、リクオは猛ダッシュでその場を離れることにする。地獄に堕ちろと呪いの言葉を吐きながら。

 

 ……その後、帰宅して覗いた鏡に、目元どころか顔のどこを見ても傷の付いてない事実にリクオが激高し、復讐を決意したのは言うまでも無い。