学パロ 昼が好きな夜と夜が嫌いな昼 壱

 日が落ちて暗くなりつつある放課後、誰も居なくなった教室の後ろの棚の上の片隅で、壁に背を預け行儀悪くも足を伸ばしている影が一つ。おそらく普段の彼の姿を知る者としては驚くべき所作なのだろう、その影の持ち主、リクオ自身そう思いながら傍らの小さな箱を一つ手に取った。可愛らしく結ばれたリボン、その端をそっと指で摘まんで解く。それからこれまた可愛らしいシールを丁寧に剥がして真っ白な箱の蓋を開けた。途端、中からは甘いよく馴染んだ独特の香りが放たれる。チョコレート。いや、この場合、トリュフと呼ぶべきか。
 暗闇となりつつあるこの教室で電気も付けずにいるのだが夜目のよく利くリクオには特に問題は無く、その表面にふんわりとココアパウダーで纏っているところまで見えている。その隣には粉砂糖をまぶしたものや、ホワイトチョコでコーティングしたものなどまであり、実に多彩であることも。
 この一箱に一体どれだけの時間とそれから想いが込められているのか、贈ってくれた相手を思い出しながらリクオはココアパウダーに染まったトリュフへと伸ばした。いただきます、と小さく呟いて口の中へ。大きすぎず小さすぎないそれは口の中を転がって、とろりと舌の上で溶けて実に甘やかな味を運んでくれた。

「うん、おいしい」

 ふふ、と笑ってもう一摘み。今度はホワイトチョコレートのお洒落なものにしてみようかと、白いトリュフを掴まえた瞬間、ガラッと閉め切っていたはずの扉が開けられた。音につられて扉の方を見やれば、そこに立っていたのは見回りに来た教師などではなく幼馴染の夜だった。息堰き切ってやって来るとはなんともご苦労な事だとのんびりと考えながら、リクオは手にしたトリュフを口に含んだ。そうすると軽く肩を上下させていた夜に怒気が混じるのが分かった。扉を開けっぱなしのままカツカツと音を立て速足でこちらへと進んできて、次のものへと伸ばしかけた手を止めるようにきつく握り締める。

「……なに?」

 行動を止められたこと、よりもその込められる力の強さに眉を顰めながらリクオは問い掛ける。しかし夜はその質問に答えようとはせず、その甘味を離せとばかりに力を込める。
この馬鹿力、後々痕が残ったらどうしてくれるんだと睨み付けるも聞くはずもなく。もったいなくもぽろりと離せばそこでようやく夜の手も離された。

「……一体、何の用? 夜」
「ってめぇ、オレの気持ち知ってんのによくも抜け抜けと…っ…!」
「知ってる? ……何のこと? もしかして君が僕を好きなこと?」

 知ってるから何だとリクオは思う。知ってたら女の子からチョコの一つも貰っちゃいけないのかと。別に付き合っている訳でもないのに馬鹿馬鹿しい。勝手に好きだからか何だか知らないが独占欲ばかりを押しつけられるなど真っ平ごめんだ。これでも自分は結構モテるのに。
 女の子は可愛いから好きだ。緊張して、顔を真っ赤にさせて、それでも好きだと遠まわしでも直接でもちゃんとその気持ちを伝えてくれるから。だから嬉しくなるし、その気持ちを掬ってあげたくなる。

「でも君は?」

 何かを言うでもなくただ子どもの独占欲のようにひたすら自分の囲いに押し留めようと我儘を言うだけ。

「ね、羨ましいんでしょ?」

 誰が誰に、とは言わない。ふっ、と笑ってもう一度トリュフを拾ってその口へ、甘い誰かの気持ちを口にして。瞬間、夜が棚の上へと飛び乗った。痛いくらいに乱暴に顎を摘まんで、噛みつくように口付ける。

「……ッッ!」

 飲み込まれずまだ舌の上で溶けたままの誰かの気持ちが夜の舌に絡めとられていく。飲み込むことなど赦さぬと、息継ぐ暇も無く荒々しく、吸いついて唾液ごとその想いを奪っていく。くちゅり、と掠められた弱いところにびくりと体を震わせると、膝の上に置いていた小さな箱がバランスを崩してバラバラと床の上へと中身を散らばらせて落ちてしまった。ざまあみろ、とでも笑うように、溜飲を下げでもしたか急に口付けを優しくする幼馴染にガキ、と胸の内で悪態を付いてリクオは夜の舌へとガリッと強く歯を立てる。鉄っぽい味。驚いて離れたかと思えばチッ、と舌打ちをする男を余所に、不味いと呟いてリクオは他に貰ったチョコレートの所在を考え始めた。残念ながら好きの一つも言えないへたれな男を相手にするほどリクオは暇でも、優しくもないのである。