SS(Vassalord.)

あ、と思った時にはカウチへと押し倒されていた。
「…………服を一から買い与えたり、コネクションを紹介したり…いい加減、子ども扱いはやめてください。私は貴方のパートナーじゃないんですか」
「──……」
さて困ったと。眉を下げ、レイフロはクリスの頬を掌で撫で擦った。慈しむように。愛でるように。驚いたように目を見開いたクリスが照れたように顔を赤くし、歪めた。誤魔化されたくない。そう言っている顔につ、と目を細める。全く、クリスは分かってない。
「…マスターっ……、」
「クリス、どうして男が服を贈ると思う?」
「…………?」
額にかかる前髪を軽く払い、右耳へと触れる。そこには華美ではないものの一級品のブラックダイアモンドがあしらわれた片耳だけのイヤリング。意味は同性愛に、不滅の愛だったか。言われるままに身に付けたそれが知らぬ間に周囲を牽制しているなんて夢にも思わないだろう。
「脱がせるために決まってるだろう?」
「脱がせるって……、なに、を」
「他の男が選んだ服。ずーっと着せてるほど俺は寛大じゃあないんでね」
「……は? 他……? 男って……まさか…アルフォードのことじゃないですよね…?」
拗ねた顔から一転、困惑しきったクリスに苦笑いが生まれる。幼い顔をしているせいでクリスは本当にアレに甘すぎる。自分よりずっと長生きした年上の男だというのに。レイフロの遺伝子を受け継ぐ男なのに。お前に惹かれないわけないだろうと言ったって聞きやしない。だから簡単に服なんて買い与えられ、要らぬ嫉妬を買うのだ。
「シャワーで要らないメイクなんか落とさせて、お前に似合う服を一から選ぶのは思った以上に愉しいもんだな?」
シルクの滑らかなホワイトシャツ。たっぷりのクラバット。ピン一つとってもレイフロが決めた一級品だ。堅すぎず軟派すぎないブラックのジャケットに深い紅のハンカチーフ。カフス。腕時計。手袋。パルファン。一から買い与えたものを指で辿り、するりと細身のスラックス──大腿へと伸ばす。
「ククッ…親がTフロントの下着なんか贈るわけないだろ?」
さすがに何の疑いもなく身に付けた時は心配になったが。それもこれもあのモデル業の成果だろう。変なことを覚えさせるなと腹に据えかねたがこれを機にそんなものかと飲み込んだ初心で疑うことを知らないクリスに少しは羞恥を覚えさせてやるのも悪くない。軽く尻を揉んでやれば案の上、ようやく自分の思い違いということに気付いたクリスが真っ赤になって逃げ出そうとした。
「………っ!」
「それに」
もちろんそれを目溢ししてやる気もなく、レイフロはしっかりと腰を抱き寄せる。
「お前は息子想いの俺が将来のツテやパイプ作りのためにココへ連れてきたと思ってるんだろうが、とんでもない。決まってるだろう、脱がして自分好みに染めた男を見せびらかすためだ」
そう言って腰を艶かしく撫で上げれればびくり、と肩が震えた。相変わらず性的なことにはとんと弱い。だが、たまにはこれくらい意地の悪いことをしても許されるだろう。己の無知と幼気さを反省すれば良い。
「……~~~っ! それなら、もう目的は達したでしょう! 離してください…!」
ぐいっとレイフロを押しやり距離を取ろうとするクリスの腕を逆に引き、その耳元でレイフロはクスクスとわらった。やはりクリスは全く、何も分かってない。わらうだけわらって耳朶を食むとオトナの声で囁いてやる。
「初心だな、クリス……言ったはずだ、男が服を贈るのは脱がせるためだって」
着飾らして、連れ回して、見せびらかして。その様をたっぷり愉しんだ後はラッピングを丁寧に剥がすよう一枚一枚脱がせていって。そうしてようやく男が服を贈る目的が達せられるのだ。
「休憩室に連れ込んだのは間違いだったな、クリス? 悪いオトナに食べられるとも知らず」
片手でしゅるり、とクラバットを緩ませる。夜の授業の始まりだ。