17

アーデンがちゃんと着いてきているか、時折確認しながらヒナチョコボは進んでいった。ちょこちょこ歩いては振り向いて、遅れがないことを確認したらまた進んで。モニュメントの置いてある広場から階段を下って、いくつかの建物を横目で通り過ぎてはまた上って。ゆっくりと進む三人の道中を赤い夕陽が優しく彩っていく。夕陽の色が濃くなるに連れ、街の姿も変わっていった。灯り始める幾つもの街灯、漏れ出る店の明かり、赤く染まる石畳、水面に映える緋の景色。街全体が美しく染まり、妖しくも艶やかな別の一面を魅せる束の間の時間帯。なのにどうしてだろう、訳もなく言い様の無い、ぽつんと一人置いていかれたような寂しさと物哀しさを覚えるのは。
『昔…』
ぽつりと生き物が文字を浮かべた。
『アーデン 夕陽を見ながら お父さんを待っていたね』
『ご飯 一緒に食べようって約束したから…』
「……そうだったね」
そんなこともあったなぁ、とアーデンはちいさくわらった。もう何年も前のずうっとずうっとちいさい頃の話だ。
『でもお父さん いつも忙しくて』
『何度ご飯の時間になっても帰ってこなかったから…』
『次第にキミはひとりで食事することを覚えちゃった』
「………うん、」
『また一緒に食べようって お父さんと約束しなくなっちゃって』
『ひとりでも平気だよって 強がり言うようになっちゃった…』
「そうだね…」
とうさまに迷惑をかけたくなかったから。無理してほしくなかったから。自分の気持ちに蓋をして、いいこの振りをし続けた。本当はとても、とても寂しかったくせに。我慢して大丈夫だよと言い続けて。そうしたら嘘が真になって、気付けば一緒に食事をすることさえしなくなった。
アーデンの心中を表すように、生き物は膝を抱え、寂しそうにするサボテンダーの絵を浮かび上がらせる。それを指でなぞりながらアーデンは言った。
「…でも」
アーデンはゆるやかに目を細める。
「……君がいたんでしょ」
『?』
生き物は首を傾げた。よく分からないと言った顔で。何のこと? とでも言うように。それにアーデンはゆっくりと言葉を重ねる。大事な大事な言葉を連ねるように。
「…それ知ってるってことは、君もいたんでしょ? そこに」
アーデンは穏やかに笑った。だからもういいのだとそう言って。
「なら、俺は独りじゃなかった…そうでしょ?」
知らなかっただけで。気付かなかっただけで。本当はひとりではなかった。君が居たんだから。アーデンはそう言って、笑う。ならば自分は寂しくなかったのだと。
『アーデン…』
震えた声で生き物が鳴く。だから、それに応えるようアーデンもまたにやりと意地の悪い顔をして返した。
「まぁ、そんなちいさい頃から付け回されてたのかと思うと、ちょっと気持ち悪いけど」
『…ごっ! ごごご誤解だよ…アーデン! そんなっ 付け回すだなんて…そんなっ!』
そう慌てて弁解を試みる生き物に悪戯が成功したとでも言うよう肩を震わせて笑う。そんな男の姿にようやくからかわれたのだと気付いた生き物がひどいよアーデン~! としっぽをぶんぶんと振り回した。それをハイハイごめんねと適当に受け流し、幾つ目かの階段を上りきったところで、前を歩いていたはずのヒナチョコボが目的を達成したとでも言うようにぴょんとアーデンの腕の中へと自ら飛び込んでくる。
「……わぁっ」
そしてキュウッと鳴いて擦り寄ると、きらきらと輝くクリスタルの欠片へと変わり、消えてしまう…。一体何なんだ…? 首を傾げるアーデンに生き物がちいさく鳴いた。アーデン、あそこ見て。羊皮紙に描かれるひとつの矢印。その方向へと目を向ければそこには金色に輝くパネルの前で身を寄せ合い、くぅくぅと眠り込んでいる二匹のヒナチョコボ達がいて。……その先には両扉の開けられた建物の入り口と、その奥に続く長い長い廊下があった。
『これで最後だね』
生き物のちいさいながらも浮かれ立つ鳴き声と仕種に対し。アーデンは本当だね、とどこか寂しげに苦笑した。

 

 

最後の二匹であるヒナチョコボを抱いて。クリスタルの欠片へと変わったそれがキラキラとアーデンの中へと吸い込まれると、カシャンと錠前の外れる音がした。
『アーデン ゴールドパネルが解除されたよ!』
生き物の鳴き声にパネルへと目を向けると、先程まで錠前の絵が描かれていた金色のパネルがリボンの結わえられた四角い箱の絵へと変わっていた。仄かに金色に煌めくそれは、いつの間にやら他のパネルと同じように作動可能な状態になっている。
「これ……」
アーデンがぽつりと呟く。似たようなものを見た覚えがあった。最初は色が違えど、森の世界で傘を与えられたパネルの絵で。そして次の部屋では同じ色のパネルから片翼が現れた。生き物がキュイと鳴く。
『これはゴールドパネル! 特別なパネルだよ』
『クリスタルの欠片をたくさん集めて ようやく解除されるんだ!』
『でもその中でもこれは もっとも~っと特別なパネル』
『夜の間だけ踏める秘密のパネルなんだよ』
『アーデン頑張ったから ごほうびに ね?』
そう言う生き物にプレゼントくれるの? と訊ねれば、踏んだら分かるよ! と鳴いてみせた。その言葉にあぁ、そうだったなとアーデンは思い出す。これはそういう生き物だったな、と。さぁ踏んでみてと、生き物が背中を押した。アーデンは促されるまま、徐にパネルを踏む。きっとこれが最後のパネルだと、うっすら理解しながら。
世界は夜の帳に包まれかけていた。水平の際だけが赤く染まり、星屑が散り始める夜の空。そこにヒューッと吸い込まれるような高い高い音が響く。アーデンは何事かと音のする方へと振り向いた。天空へと向かう一筋の白煙。それが昇りきって一瞬消えたかと思うと、臨む空の上で大きな音を立て、数多の火花が巨大な円を描き、花開いた。
「……っ!?」
散っていく火花。腹に響く大きな音。ひとつの円が散ったかと思えば、またひとつ、ふたつと白煙が上がり、幾つもの円が広がって。驚きに目を丸くする男に生き物はしてやったりとでも言うようキラキラと羊皮紙を光らせた。
『アーデン 驚いた?』
『これはね 遠い東の国では花火っていうんだよ!』
「ハナビ……?」
アーデンは呆けた顔のまま首を傾げた。聞き覚えのない言葉だったからだ。
「……この世界では俺の知っているものしか出てこないんじゃなかったの?」
確かに生き物はそう言っていた。これは男の夢なのだから、男の知っているものしか出てこないのだと。どんなに願ってもそれ以外は出てこないのだと。そう言えば生き物はう~ん、と悩むような声を出すも、すぐにパッと明るい表情へと置き変える。
『まぁ名前はさておき これはアーデンも知ってるものだよ』
『だってこれは 魔法だもの』
「まほう……?」
アーデンは唖然とする。魔法とは。誰かを守り、助け、救い、そして傷つけるためにあるものだと。そういうものだと思っていた。事実、アーデンの知る魔法とはそういうものであった。誰かのために障壁を張り、一瞬で窮地を逃れ、傷を癒しながらも、炎に変えて災厄を焼き滅ぼす。そういうものであった。
だから思いつきもしなかったのだ。まさかこんな、夜の空に火花として散らす観賞用に使うだなんて、そんなこと。
「なんて魔力の無駄遣いなんだ…」
アーデンは呆れたように呟く。
『でも』
白い生物がぴょんと飛んで肩に乗った。キュウと楽しそうな声で鳴いて。
『とっても きれいでしょ?』
そう言葉にする生き物にアーデンは目元を和らげ、…あぁ、そうだなと応えた。
魔力を使ってポーションでも武器でもなく、ただただこんな誰かを楽しませるためだけの火花にするなんて。瞬きひとつで消える、一瞬の軌跡にするなんて。考えた人間はバカだろうと。平和呆けにもほどがあるだろうと。そう思いながらもアーデンは口には出来なかった。空に散りゆく色とりどりの軌跡から目が離せなかったから。世界があまりにも優しさで満ちていたから。だからアーデンはただただ静かに口を噤み、夜が明けるまで生き物と花火を眺め続けていた。