05

「……ところで」
足元の白い生き物を持ち上げるとアーデンは根本的な問題を口にした。
「この道で本当に合ってるんだよね?」
道は確かに開けたものの。これが正解なのかと問われればアーデンは分からないと答えるしかなかった。正しい道を示すというクリスタルの欠片はやはり依然として見当たらないし、変化を起こす例のパネルも、不思議な生き物を呼び出して以来それきりだ。
『う~ん 間違いはないはずなんだけど…』
案内役のくせに、どこか歯切れの悪い言葉を浮かべる生き物に首を傾げていると、それはするりと腕を抜け出しアーデンの肩へとよじ登った。
『やっぱりおかしいなぁ ここにたくさんあるはずなのに』
うんうんと唸るように生き物が耳元でキュウキュウと鳴く。それに一体何が、と問いかけるより先に、野獣のような唸り声が耳を掠めた。まさかこんなところに野獣が…? 思わず身構え、前方を注視すると、肩に乗った生き物も気付いたのか、ぴょこんと耳を立て前足でてしてしと肩を叩く。
『アーデン アーデン! わかったよ!』
「なにが」
『きっとあの子達が食べちゃったんだ!』
あの子達? そう疑問符を頭に浮かべていると夕闇で伸びた濃い岩影の奥からリード地方でよく見かけたトツテツにそっくりの生き物が飛び出してきた。
「ちょっ、なんでトツテツがここに!?」
『あれはナイトメアだよ』
『きみが進む道を邪魔するんだ』
ナイトメア?──つまり悪夢の具現化ということだろうか。言われてみれば確かに、垂れ下がった舌に細長い尾、鋭い牙と爪を備え、ギラギラと目を光らせながら獲物を探すその姿はどう見てもトウテツそのものだが、色だけは波打つ海のように青白く輝いている。夢だから記憶とイメージがごっちゃになっているのだろうか。グルグルと威嚇し、においを嗅いで回る数匹のナイトメアがふいにこちらに向けて顔を上げた。
『アーデン やっつけるなら これを使って』
勢いよく生き物が肩から飛び下りたかと思えば、キュイと鳴いて宙でくるりと二回転し。その白い体躯から赤い光が放たれるとともに、黄色い柔らかそうなおもちゃの剣がアーデンの手のひらへと現れた。
「……まさかとは思うけど、これで戦えって?」
キュイ、と生き物が鳴く。どうやら、そのまさからしい。相変わらずこの生き物は無茶ぶりを言うな、とアーデンは口端をひきつらせた。
「逃げる、もしくは別の道を選択するという案は」
『ないかなぁ』
「だろうね」
頭が痛いとばかりにこめかみに手を当てる。薄々感じていたが、この生き物はなかなかに強かだ。
致し方ないとばかりにアーデンはオモチャの剣を握り直すと、正面を見据え姿勢を正した。まぁオモチャゆえに耐久性は少々心もとないが、どうにかなるだろう。せめてもの救いは剣が子ども用の大きさではないということか。アーデンはひとつ大きな溜息を溢すと剣を振るうため大きく足を踏み出した。ナイトメアもすぐに動きを察知したのか、群れとなり襲いかかってくる。
『ちなみに』
踏み込み、薙いだ一閃が一匹のナイトメアを怯ませる。その隙を突いて攻撃を畳み掛けようとするも、他のナイトメアが飛びかかり、噛みつこうとして。避けきれず牙の掠った腕からは痛みでなく衝撃が、血ではなくきらきらと光り輝くクリスタルの欠片が零れ落ち、アーデンは目を丸くした。
『あの子達はクリスタルの欠片が大好物で』
『倒したらここらにあった 食べられた欠片を取り戻せるんだけど』
また別のナイトメアが牙を剥いて飛びかかってくる。
『あの子達もアーデンが集めた欠片を狙ってくるから』
『取られないように頑張って守ってね!』
そういう大事なことはもっと早く教えてくれ! 手早くカウンターを返し、倒したナイトメアから同じようにクリスタルの欠片が生まれ、自身の体に吸い込まれるのを認めると、アーデンはここぞとばかりに舌打ちをした。要は欠片の取り合いということか。
『あと』
「まだ何かあるの!?」
『夜になるとあの子達 少しだけ強くなるから気を付けてね』
「強くなるのかよ!?」
薄い雲の合間を縫って星が微かに煌めき始め、静かに夜の訪れを告げつつあるこの世界で。そんなめんどくさい設定はやめてくれ! とアーデンは剣を振り回しながら思いきり叫ぶ。
「というかこの世界に俺を傷つけるやつはいないってさっき言ったよね!?」
舌の根も乾かぬうちに、と白い生き物に食ってかかれば、生き物は飄々とした顔つきで文字を連ねた。
『冒険に多少の危険はつきものだよ』
『さぁ 頑張ってやっつけよう!』
冒険…! 冒険ときたか! 初めに聞いたときから嫌な予感はしてたけども! やっぱりロクなもんじゃないな! と、アーデンはもう一度舌打ちをすると、再びナイトメアに剣を向けた。

そうして。夜が更け、生き物の言う“少し”どころでなく完全に凶暴化したナイトメアとアーデンとの熾烈な戦いは、夜が明けるまで続くのだった。