03

『え~っと こっちだったかな?』
そう言って前を進む白い生き物は右へ行き。
『ん~ あっちだったかも』
かと思えば今度は左へ行き。
完全に迷子と言った体で二人は森の中を進んでいた。
「…ねぇ、ここの出口、本当に知ってるんだよね?」
始めは大人しく後ろを付いていたアーデンだが、夕焼けの空が次第に濃紺を帯びるにつれ、その表情はうろんげなものへと変わっていく。
『もちろん!』
僕と一緒に来れば大丈夫! そう胸を張るように鳴く生き物に、より一層不安を感じるのはなぜだろうか。
というか、そもそもこの生き物は信用に値するのだろうか。
アーデンはじっ、と白い背中を見やる。
偶然、目覚めたとき傍にいて意思疏通が出来たからと言って、それが安全とは限らないのだ。
歩む道はすでに鬱蒼とした森から、岩肌の目立つそれへと変わっていた。
先を示すように浮かんでいたクリスタルの欠片もしばらくは見ていない。
アーデンは白い背中を追いながら、ぼんやりと考える。
出口は本当にあるのだろうか。
あったとしても、その先は本当に目覚める先の世界なのだろうか。
どうしてこの生き物が知っているのだろう。
大体、何故──自分は深い眠りに就いているのだろう。
知らないことが多すぎた。
判断材料が少なすぎる。
疑い出せばきりがないと分かっていた。
ただ、こうしてさ迷っている現実を考えると、自分はもう少しこの生き物を疑ってかかるべきだったのかもしれないとも思う。
『大丈夫だよ』
そんなアーデンの考えを読んだように、生き物は足を止め、文字を紡いだ。
「どうしてそう言い切れる」
『だって僕は君に呼ばれたから』
『この 夢の世界の案内役としてね!』
それこそありえないと思った。
アーデンは目の前の生き物など知らない。
むしろ初めて見たくらいだ。
自分が呼ぶ、なんてありえない。
しかし生き物はキュイ、と鳴くと宙で二回転し、その体から赤い光を散りばめた。
「うわっ…!」
アーデンの体からも赤い光が弾ける。
『じゃあ それも思いださないとね』
もう一度キュイ、と鳴くと生き物は再び揚々と前を進み始めた。

 

 

『あっ! こっちだ!』
ようやくお目当ての行き先を見つけたのか生き物が嬉しそうに駆け寄った。
一方、その後ろを付いていたアーデンはあからさまに顔を引きつらせる。
「……冗談でしょ」
確かに足元が草花の生えた柔らかな土から荒々しい岩肌へと変わったときから、うすうす嫌な予感は感じていた。
だが、その予感が本当に当たってしまうとは……。
左右の高い岩壁。
その開けた先は、見事と言って良いほど美しい眺めの、切り立った崖と海で──。
『あのパネルを踏んだら 次の道がきっと分かるよ!』
嬉しそうにそう示されたのは、いわく付きの《!》が刻まれたパネルだった。
しかも崖の先に設置してあるという、二重の意味で踏みたくない代物。
「断る…!」
『どうして?』
「さっき、それと同じパネルを踏んで何が起こったか忘れたの?」
取って喰ってやろうとばかりに手を伸ばしてきた巨大な男。
寸前で消えたとは言え、そのパネルはろくなことが起こらない。
『ここは君の夢だから 君を傷つけるものはいないよ』
『だから大丈夫 踏んでみよう!』
さぁ、行こう? とばかりに白い生き物は崖の先へと誘導する。
アーデンは呆れたように溜め息を吐いた。
なんて横暴な理論だろう。
でも、正論にも聞こえるから不思議だ。
仕方がない。こうなったら、やけくそだ。
どうせ踏まねば、次に進む道も分からないのだし。
諦めつつも、踏んだ瞬間、崖の先がぽっきり折れでもしたら絶対許さないからなと思いつつ、アーデンはそろそろと崖の上を進み、パネルを踏んだ。
『やったね!』
遠い海の水面から大きな水飛沫を上げ、ゆっくりと空へ飛び立つ何か。
羊皮紙がきらきらと光り、花の絵が浮かんだ。
「………あれ、は」
蛇のような、魚のような──竜のような。
いや、どれもちがう、とアーデンは首を横に振る。
あれはもっと別の何か、だと。
だが、それが何なのか分からなかった。
『あ! あっちだよ アーデン』
海から現れたそれは自分達の頭上を高く高く飛び越え、反対側の空へと渡る。
それを見た白い生き物がうれしそうにぴょん、と跳ねた。
どうやら次に行くべき道はあの方角ということらしい。