獣は花の夢を見るかパロ 伍

「…んっ、…よ、る…っ……ま、…待っ…」

 少しだけ慣れ親しんだ玄関。そこをくぐった瞬間、夜は鍵を閉めるのさえ忘れ、自分へと深く口付けた。勢い任せのままにガタン、と音を立てて押し付けられたドアは冷たいはずなのに今はそれさえもどうでも良くて、それよりも唇へと重ねられた高い夜の熱の方が理性と正気をちりちりと焼き焦がし、心奪った。思わず流されてしまいそうなほど滾る熱の中でこのまま身を任せてしまいたい衝動が走るが、ふと髪から滴る雫に自分が濡れ鼠の状態であることを思い出し身を捩る。

「ね、…待っ…て、…よる…ッ…ぼく…濡れたまま、だから…汚れ、て……っ」
「気にするようなことじゃねーだろ、」
「で、も……!」
「お前の匂いが消える方が問題だっつってんだよ、」
「…んぅ、…ふぅ……ッ…」

 逃げを打つ体を抑え込み、自由だった指をも絡め取られる。さらにこれ以上続くであろう言葉も封じるようにと再度口付けられると、後はもう済し崩しにとろとろと思考が融かされていった。
 この前とは違う、激しい口付け。舌が自分のそれを掴まえて、ざらりと何度も擦れ合って……それだけで頭がくらくらするというのに、ちゅうっ、と強く吸いつかれると膝から力が抜けていきそうで、ぎゅっと絡み合う指に力を込めた。なのに、それに気付かないことは無かろうに、夜は止めるどころかより執拗に責め立て昼の足元は覚束なくなる。舌を食まれ、上顎を舐り、誘い出された舌を吸われ。飲み込みきれず顎へと伝った唾液を舌で追いかけられ、そのまま下に伝っては首筋にやんわりと鋭い歯を立てられ、このまま全てを食べられてしまうような錯覚にさえ陥ってしまう。

 ふと、絡めていた指が離れ、その手が昼の大腿を撫でる。びくり、と体を跳ねさせ、なに、と視線で問い掛けるも、答えは貰えず、それどころか手際良く下着ごとずり下ろされて昼の身は紅へと染まった。もちろんそれくらいで夜の手は止まることなどなく、その手は昼の肌を撫で擦り、ゆるりと自身へと伸ばされる。

「…ひぁっ…や…ッッ…よ…よ、る…っ…」
「昼……、キスだけでいちいち腰抜かしてちゃあ、オレの相手は努まらねぇぞ……?」
「…あ、……ぅ、…ごめ…、我慢、するから…っ…んんぅっ…」

 じんわりと熱を持ち始めていたそこをどうすれば変えられるか知り尽くした指がゆっくりと、けれど確実に快楽を生みだすよう動き始める。皮肉にも慣れ切った体は順応するのが早く、しかも絶妙な力加減で擦られればその体はぶるり、と震え、少しずつぬめり気を帯びてきた。ぷくり、と生まれた雫を指先で掬って塗りつけるように扱き、塗り込めるように触れられて。必死に唇を噛み締めて堪えてはみるも、ぐっと強く割れ目を触れられればとうとう我慢出来ずに声を洩らし、それに夜はにぃっと嗤ってそこばかりを責めた。

「…ひゃ、…だ、だ…め、っ…そこは、ぁ…ッ」

 敏感なそこが開かれ、促され、より一層多くの蜜がとろとろと溢れ、滴るのを感じて昼は羞恥に塗れる。こんなことは初めてで……養父が相手の時は己の快楽のみを押し付けられていただけで、このように自分の快感を昂ぶらされることも、受け入れたことも無かったため、一つ一つの動きが簡単に昼を陥落させた。指の腹で擦れる度、ぐりぐりと圧せられる度、痛みを感じるギリギリの強さで爪を立てられる度、細い体は反って、夜の手をしとどに濡らす。その指で触れられる度、頭が真白く冒される。

「…んぁ…っ…いッッ…な、…なに……?」

 思わず痛みに顔を歪ませるも、どうやら首筋を噛みつかれたらしい。すぐに癒すようにそこを何度も舐められるが、夜はハァッと熱い息を零したかと思えば、次は耳朶へと噛みついた。先程、痛みに声を上げた分、少しは加減を思い出したようで、その噛みつきようは痛いと言う程でも無かったが、同じように舐め、吸われ、ぴちゃぴちゃと水音が響いて、どこか知らず体中に甘い痺れが走る。反して、夜はと言えば気に入ったように昼の首へと顔を埋めた。

「お前……どんどん体の匂い、甘くなってくな」
「…ッ、ぇ……?」

 気のせいかと思ってたんだが、これじゃあオレの方が危ない、と鼻で嗤うように囁かれた言葉に、昼は見当も付かない。
 無論、首無が気付いたくらいだ…他の奴はもっと厄介だな……、なんて言葉は尚更。唐突に夜は首から顔を上げると、次は貪るように荒々しい口付けて、ふと何を思い至ったのか昼の自身に触れていた指を離し、己の口へと躊躇い無く含んだ。そうして一瞬、眉を顰めるも、もう一度ぺろり、と舌を伸ばして綺麗に舐め取り、かと思えば急にしゃがみ込むので昼も慌てる。

「よ、…よる?」
「ちと甘すぎる気がしねぇでもねぇが…、まぁ、悪くねぇか……」
「え、やだ……なに、…っ」
「黙ってた方が賢明だぜ、昼? じゃねぇと――…噛むぞ」
「え…っ…や、んんぅ…ッ…ふ、ぅぅっ…」

 咄嗟に口は押さえたものの、小さな体が撓る。それもそのはず……何せ夜が自身をその口で咥えたのだから。悲鳴を上げなかっただけでも誉めて欲しいくらいだ。それほど衝撃的な事態なのである。生温い、なんてものじゃない、熱く茹だるような口腔に含まれている。その事実だけで昼の頭は沸騰しそうなのに、その舌は溶けだす氷菓子を丹念に舐め取る子どものように無邪気で執拗で。ざらりとした感触が敏感なところを舐め上げて、引き攣れた声が喉を過ぎる。熱い、だめ、力が入らない……やだ、恥ずかしい、こんな、こんな。

 銀色の髪に指を潜り込ませて必死にそれだけは止めて、と抵抗する一方で、じゅるり、と音を立てて吸いつかれると立ってる足元さえ儘ならない。夜の尖らせた舌先が孔を抉って、頭の中が真っ白に染まる。手で口元を押さえているはずのに、その声も唾液も口端から零れてきっと、今自分はとてもみっともないに違いないだろう。そう思うとぽとり、と涙が零れた。過ぎた快楽のせいか、それとも胸の内で渦巻く感情のせいかは分からないけれど、ぽたぽたと涙が溢れてしょうがない。でもこれだけは分かる――自分だけがこうして乱れ、感じていて、でもこの感触を別の知らない誰かも知っていて……飼ってもらうことでしか傍にいられなくて、絶対に自分だけが独占することなど出来ない人なのだ。

「……昼?」
「…っ…、な、でも…何でも、ない…から…っ」
「そーかい…なら、泣くか、止めるか選べ」
「やっ…やだ、ッ…やめ、ちゃ、や…ッッ…んんっ…」

 再び、舌が交わる。僅かに苦い味がしたけれども、もっともっと触れたくなって自分から舌を差し出すと、夜が一瞬驚いたように目を見開いて、それからより深く、より濃密に触れ合った。そうして濡れたままの指がそっと蕾を撫で上げる。反射的にひくり、と引きつけるように体を跳ねさせれば、夜はすぅっと紅い目を細めた。

「もしかしたら、親父の相手よりしんどいかもしれねぇぜ…?」
「…てッ…いいから、…ひどくしても、いい…から……っ…」

 養父さんのことも、何もかも全部忘れさせて……。そう耳元で囁けば、余裕無さげな勢いでぐっと指が中へと入り込んだ。それに息を詰めるのも束の間、それと同時に夜は首筋へと吸いつき、柔く昼の肌を食む。残される紅い痕の存在など知らず、ただその距離故に拾ってしまう吐息の荒さに昼は息さえ止まるほど驚いた。

「…ぁ…ッ…よ、…よる、…もしかして…こーふん……してる、の……?」
「…は?何を藪から棒に、」

 当たり前だ、てめぇの匂いで興奮しない奴なんてそうそういるもんか……。そう返される言葉に昼の頭はそれだけで可笑しくなりそうになる。決して自分だけではないのだ。夜も自分に興奮してくれている。……そのことがこんなにも嬉しいなんて――…。夢心地となりそうな事実が怖くて恐る恐る夜の首に腕を回す。そうすれば、それを突き離すことも、拒絶されることもなく受け入れられて。赦された悦びと共に、全てを明け渡そうと昼は匂いたつその身を男へと委ねるのだった。