学パロ 昼が好きな夜と夜が嫌いな昼 参

 はぁっ、と息吐いて唇を離す。整わぬ呼吸を押し留めながら、直前まで口付けていた夜をじとりと睨んだ。自分はこんなにも息を乱しているというのに、目の前の男と言えばこの余裕綽々の顔、なんとも腹立たしいことである。それもこれもあんなにキスが上手いのが悪い。ぐい、と男の顔を引き離しながら、リクオはごしごしと唇を拭った。まぁ、上手いのは認めよう。しかし同意の上だろうが如何にキスが上手かろうが不快なことには変わりない。この男と口付けたという事実自体、気分が悪いのだ。隠そうともせず男の前で口を拭おうともどうせ男が何かを言うわけでは無いから問題は一切無い。むしろ、にやにやと愉しそうに見てるくらいなのだ。自分が照れてやっているとでも思っているのだろうか……馬鹿馬鹿しい。

「気持ちよかったろ?」

 自意識過剰と言うのはきっとこういう者のためにある言葉なのだろうとリクオは思った。おそらく夜という男の辞書には謙遜という言葉も載っていないに違いない。呆れ半分にキスだけはね、とリクオは皮肉気に返した。

「さすが、君の唯一の特技」
「これ以上ならもっと気持ち良くしてやる自信もあるが?」

 あぁ、皮肉も通じないのかと、それどころかどさくさに紛れて何さらりと馬鹿なことを言ってるんだ、こいつは、とリクオが遠い目をしたのも仕方がないと言えよう。付きあっても無い者同士が、今後、何を間違えても付き合う予定など欠片も無い者同士が、キスはさておき、体まで赦すと思っているのだろうか。そもそも言ってる意味をきちんと理解しているのかさえ甚だ疑問だ。基本、馬鹿なのだ、この幼馴染は。

「……君は僕とセフレにでもなりたいの?」
「セフレ?」

 ぱちくりと夜は瞬きをし、はて、と首を傾げる。まさか、その意味も知らないのか、とリクオは頭の痛くなる思いだった。……日々、学校をさぼって何を学び、何をしているのだ、この男は。普段の行動と別段関係ない問題ではあるものの、決して真面目な男とも言えないこともあり、もはやうんざりと疲れた顔をしてリクオは、分かんないなら良いよ、と夜の体の上から退き、立ち上がる。付き合ってられるか。そう、無言で告げながら踵を返した途端、突如後ろから手首を掴まれ、強く引かれて、リクオは思わず目を瞑る。

「……ッ!!」
「っと。セフレか……。良いな、それ」

 バランスを崩したリクオの体を背後から抱き止めながら、男はくつりと笑った。一方で、リクオは違う意味でふらりと眩暈にも近い感覚に襲われる。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿とは思わなかった――普段から引っつき虫も良いところ、嫉妬だの、独占欲だので人の人権を侵害しまくっているくせに、一体どの口が言うのか。何なのだ、他の者と見せつけてやれば良いのか。頭が痛くてしょうがない。まともな思考を放棄し始めるリクオに、夜は更に頭の痛くなることをのたまってくれた。

「つまり、お友達からってことだろ?」

 ひくり、とリクオの頬が引き攣った。どこの世界にセフレをお友達から始める清いお付き合いの始まりと勘違いする馬鹿がいるのか……いや、ここにいるのだが。あまりの事態に言葉を失くすリクオだが、それを余所に夜がべろりと首筋を舐めた。

「ん…ッ!」
「それに他の奴ら、相手に出来ねぇくらい抱き潰せば良いだけの話だろ?」

 ひやり、と冷たいものが背を滑るような寒気。しまったと、不味いことを口走ったと後悔しても後の祭り、調子に乗った男は調子に乗ったままに首筋に舌を這わせ、ちゅう、と強く吸いついた。反射的にびく、と震える体。……っ、……むかつく、むかつく、むかつく……!! 自分がこんな男に良いようにされると……? そんなことが自分に赦されると……!?

「……っの…!!」
「ッあ……ぶねっ!」

 踏んでやろうとした足はするりと逃げて、ついでに己の体を抱きしめていた腕も今日に限ってあっさりと離し、降参の意を表すように上げられる。あぁ、そのへらへらにやにや笑う腹立たしい表情の顔を殴りつけてやりたい。

「残念。お前の行動パターン、大体読めてきたぜ?」

 これ以上、手ぇ出すと本気で殺されかねないこともな。だから、今日はここまでにしとく、痛ぇのはごめんだしな、と自分勝手な言い分をべらべら述べるだけ述べて男はリクオに背を向ける。じゃあな、また明日、という一言も忘れずに。
 まさか、明日があるとでも? ぐつぐつと煮えくり返るリクオの腹の中を知ってか知らずか、そうそうと夜はくるりと振り向いて、実に苛立たしい、女の子ならばころりと堕ちてしまいそうな甘い笑みを浮かべてちょんちょんと自分で自分の首筋を指差した。

「明日、隠して来ねぇともう誤魔化せねぇぞ?」

 先日の騒ぎを思い出したのか、くつくつと面白可笑しく笑う男に本気で殺意が湧いた瞬間だった。