弟夜と兄昼 壱

 嫌い、嫌いだよ……君なんか大っ嫌い。ちょっと頑張っただけで僕の欲しいものを全てを手に入れられる君なんて。ちょっと笑っただけで、あんなにも愛される君なんて。きっとこの世の人間、妖をとある一つの法則で分けるとしたら、それはきっと自分と夜みたいに分かれるのだろう。夜みたいに特に何をせずとも天性の何かで愛される者と、自分のように努力して努力して、そこでようやく初めて認められる者とに。
 分かってる、これはただの妬心だ。夜だって何らかの努力はしてるだろう。それでも羨まずにはいられないのだ。……自分よりずっとずっと幸せそうに笑う弟のことを。

「――君が羨ましいよ。いつもそうやってにこにこ笑えて、力もあって、ちゃんと可愛がられる理由があって……」

 僕にはもうおじいちゃんの孫っていう立場でしかここに居る理由は作れないのに。君の兄という目でしかみんなに見てもらえないっていうのに。どうして君だけが。

「オレは今の兄さんが好きだけどな。だって兄さんが心の底から笑わないのはそれだけに見合う価値ある奴がいないってことだろ? それに兄さんがどれだけ努力して今を維持してるのかオレはちゃんと知ってる」

 あれと同じことをしろって言われてもたぶん……いや、絶対オレには無理だからさ。だからもっと胸を張ると良い。

「夜は、すごいなぁ……」

 こうやって卑屈な自分にさえ変わらない笑みを見せてくれる。大丈夫だからと、そのままで良いのだと自分を認め、励ましてくれる。優しい弟、よく出来た、自分にはもったいないくらいの自慢の弟。出来ることなら、自分もこんな風になりたかった。

「なに言ってんだ、兄さん。オレがすごいんなら、その兄である兄さんはもっとすげぇに決まってるじゃないか」

 ほら、もっとオレを誉めろよ。そうしたら兄さん、あんたはもっともっとすごい存在になるんだからよ。誉めろ誉めろとばかりに夜が猫のように擦り寄ってくる。そう言われて誉められる訳が無いではないか……。とうとうやむを得ず口を噤むと、なんだつまんねぇなぁと全然つまらなそうには見えない顔で夜が笑った。

「もっと兄さんのこと誉めたかったのになぁ」

 出来の良い弟はどうやら兄への配慮も完璧なようだ。そんなのいらないよ、と口に出す代わりに近づいてきた夜の頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。それが可愛くてついくすりと零すと、夜はまたいつもの純粋な笑みを浮かべて今度はぎゅっと自分の体を抱きしめる。本当に可愛い弟。周囲が猫可愛がりをするのも仕方がないなと昼は夜の体を抱きしめ返して思うのだった。