妖怪夜と小学生昼 / Byオジプラスbot

 好きなのに。こんなにも好きで好きでしょうがないのに、それを口にすればするほど夜はいっつも大人の余裕な笑みを浮かべてこちらを子ども扱いした。

「僕、本当に夜のことが好きなんだよ?」
「ははは、そりゃあ随分、ありがてぇこった」
 ほら、またそうやって適当にはぐらかす。
「信じてないでしょ。大人になったら夜と結婚したいくらいなのに」
「おうおう、相変わらず熱烈なことで。だがな昼。この国じゃあ男同士は結婚出来ねぇんだ」

 だから諦めな。そう言ってぴんと額を弾かれる。痛いと反射的に額を抑えて昼は恨めしそうに夜の顔を見上げた。そんなこと知ってる。前にも同じような口上で夜に言いくるめられたから。でも今の昼にはその言葉にも反論し得るだけの知識を持っていた。

「この国は、でしょ? 遠い外国だったら男同士でも結婚できるって聞いたもん」
女の人同士でも出来るんだって! と意気揚々に述べる昼に夜はお前なぁとガリガリと頭を掻いて溜息を吐いた。
「どこで聞いてくんだ、そんな情報………」
「先生に聞いたらあっさり教えてくれたけど?」

 だから何にも問題ないよね? と首を傾げる昼に夜はむにっと頬っぺたをつねった。

「ませガキ。そういうのはもっとでかくなってから言うんだな」

 今のお前にはこれくらいがお似合いだよ、と頬をつねったままで落とされる額に触れるだけの口付けひとつ。子ども騙しにもならない遊戯に昼は唇を尖らせる。

「絶対、夜と結婚してやるんだから。僕、それだけ夜のことが好きだもん」
「はいはい、楽しみにしてるぜ」

 本気で言った言葉もすぐにさらりと流された。

 

 

「――ってことなんだ。ね、ひどいと思わない清継君?」
「うーん、まぁひどいと言えばひどいんだろうけど」

 学校の帰り道、バスから降りて後は各々家へ向かうだけとなったそんな道中、同じ方向だからと一緒に歩いていた清継に昼は頬を膨らませながら話していた。内容はもちろんいつもの夜の態度である。最近は特につれないし、と半ば愚痴と化した話に清継は難しいもんだね、と肩を竦めた。何分、二人は小学生で恋のこの字も良く分かっていないのが現状だ。少なくとも清継はそうであった。確かにこの歳で付き合ってる子がいるとかそういう知識はあっても、実際にはいまいちぴんと来ない。

「……キスってのは、してもらえるだけじゃダメなのかい?」
「するって言ってもおでこにだよ? 口じゃないし」

 今時の小学生だっておでこなんかにはしないのに、とそう不服そうに語る昼にそう言えば、と口にする。

「君が好きな人って年上なんだっけ?」
「そう、すっごい年上」

 それにすっごい美人。銀色の髪が長くてさらさらしてて、目は赤いんだけどすっごいかっこいいんだよ。それに、ふぅんと清継が相槌を打つ。

「それって単に相手にされてないんじゃないのかい?」
「……清継君も結構ひどいよね」
「……悪かったよ。まぁ、キスしてくれるんなら嫌いってこともないんじゃないんだろうけど」

 むしろそんな年上の美人さん相手にキスは口にして欲しいとか言ってる君の方が僕には不思議なくらいだよ、と清継は昼を見やる。昼はそう? と首を傾げた。

「…もしかして清継君、キスしたこと無い?」

 口にされる特別を知らない? と尋ねる昼相手に清継の頬がうっすら染まる。と、当然だろう! 僕は君と違って品行方正なんだから! と言い張る清継に昼は生来備わる悪戯心がくすぐられるのを感じた。にっと笑って試してみる? と聞く。何をだい? と分からないと言った風に眉を寄せる清継にふふん、と笑ってもう一度言う。

「キス、試してみる?」

 ドキドキするよ? とからかう気満々で顔を近付ける。本当にキスつもりはないけど、真っ赤になって固まってる清継の姿はちょっと面白い。もうちょっとギリギリまでからかってみようと思ったその瞬間、ふわりと体がバランスを崩して、地から足が離れるの感じた。え? と声も出せぬまま混乱していると、くるりといとも簡単に体を反転させられ、気が付けば誰かの肩に担がれる格好となって。言葉にせずも相手が誰かなんてすぐに分かった。顔のすぐ横を流れる黒の襟足に銀色の長い髪、今の時代じゃ珍しい、無地だけど質の良い着物と広い背中……。

「……よる……?」

 どうしてここに? そう昼が問い掛けるより先に夜は清継に向かってにやりと笑った。

「――悪ぃな、清継。こいつぁオレのもんなんだ。返してもらうぞ?」
「……え? 誰…っていうか、なんで僕の名前知って……」

 それに銀の髪に赤い目って……。この国にそんな珍しい色を宿した者などそう滅多にいるはずもなく、昼が何かを言う前に何かを感づいたらしく驚きに口を噤む清継に、あ……、清継君には自分の恋している相手が男だと言ってなかったっけ、と舌を出す。一方で夜はと言えば、よくこいつから話を聞くんでな、と一言言ってのけてさっさと清継の横を擦り抜けていってしまった。途端、傍らではキョロキョロと左右を見回し狐にでもつままれたような顔をする清継。なんで? と昼は驚くも夜がぬらりひょんという妖怪であることを思い出せば納得もいく。明日ちゃんと謝らないと、と胸の中でごめんね、と清継に謝っていると夜がそろりと尻を撫でた。

「お前はオレが好きだと言う割には案外浮気者だなぁ?」
「? 清継君のこと? ちょっと意地悪しすぎたかなぁ?」
「それに鈍い」
「?」

 夜が何を言いたいのか昼にはよく分からなかった。とりあえず俵のように担がれた体を下ろして欲しいし、そもそも夜の向かってる方向はたぶん昼の家とは逆方向だ。どちらかと言うと夜の家の方。

「ね、夜、怒ってる?」
「さぁな」
「……怒ってないならどこ行くのか教えてよ」
「オレん家」
「……なんで?」
「お前が泊まるから」

 良いの……!? と驚き、上げる昼の声に、今日だけだぞ、と夜は是と応える。いつもは、頼んだって泊めてくれないのに一体どういう風の吹きまわしか。……それも平日なのに。

「僕、着替え持ってきてないよ?」
「適当に揃えてやるさ。まぁ、大は小を兼ねると言うし、どうにでもなるだろ」
「……何企んでんの」
「人の好意を企み扱いたぁ、良い度胸だな」

 そう言われても夜が何を考えているのかやっぱり全く分からないのだった。

 

 

 唇が重なる。息はこっちでするもんだ、と鼻をつままれて教えられ、言われた通りにしてみるがこれがなかなか上手くいかない。しょうがないとばかりに夜はちゅっちゅっと触れては離れてを繰り返して呼吸の合間を作ってやるがそれでもやっぱり苦しいもので知らず知らずほろりと一つ涙が零れた。

「だからお前ぇには早ぇって言ったろ?」

 濡らした目じりを指先で拭いながら、夜が苦笑した。ちろりと唇を這う舌は思った以上に熱く、頭をくらくらとさせる。これだってまだ何もしてねぇくらいなのによお? そう昼の前髪を掻き上げ、お前にはまだこれくらいがお似合いだよと夜はそっとそこに口付けた。

 

 

【元ネタ】
オジプラスbot(@ojiplus_bot)より
いつも好き好き言っても「はいはい」って流されて終わるんだけど、ある日同じクラスの男の子と出掛けてるのを目撃されて、その場で「こいつはおじさんのだから返してね」って言って担がれていくやつ。